第28話 今日は買い物日和です
ピチチチ、ピチチチ──窓辺から朝の日差しが差し込み、鳥の囀りが響く。
雪菜は自分の部屋のベッドとは違い、少し固いベッドの上で寝返りを打つと、ゆっくりと目を開いた。
(……鳥、鳴いてる。もう、朝か)
この異世界に飛ばされた夜を一日と数えて、本日は異世界生活三日目の朝である。
雪菜はもそもそとベッドから起き上がり、まだ乾いていないブレザーはそのままに、その他の衣類を身に付け、顔を洗いにゆく。
鳥の声が目覚まし時計の代わりを果たしたのか、残りの面子もぼちぼち起き始めた。
シルビィ含む、三グループ女性陣は朝の身仕度を済ませると、宿屋の従業員である壮年の女性の運んで来た簡易朝食を取る。
内容は、苺ジャムに似たルゴの実のジャムとロールパン、それに目玉焼きだった。
食事を終えた四人は、一階に皿を下げに行き、その帰りに鉢合わせた永久、正樹を部屋に招き入れた。
そして、雪菜は昨日話せなかったクラス代表会議の内容を、シルビィに聞かれても問題ないように抜粋したり、ニュアンスを変えたりして語った。
先生方の言葉に手を加えるのには、雪菜的に少々戸惑われたが、そのまま告げるとシルビィに不審に思われるだろう、と致し方なく改編する。
それでも、先生方の話を聞いた四人は、「何処に来ても先生達は先生達だね」と笑った。
丁度、その話が終わって直ぐの事、昨日から恒例となりつつあるクラス内放送とも言える、叶太からの念話を五人の脳内が受信する。
『あめんぼ赤いなあいうえお~。只今、マイクのテスト中~。えー、クラス内放送。クラス内放送。高城叶太より、お伝えします。本日、一グループ及び、四グループは一時間後に豚の丸焼き亭に集合し、遠野先生と共にギルド連盟事務局へ向かって下さい。残りの二グループ、五グループ、六グループは明日、中田先生と共に向かいます。そして、本日ギルド連盟事務局へは向かわないグループは一時間後に広場に集合し、中田先生の指示の元、自由行動となりま~す。ではでは、以上! クラス内放送でした!』
ぶつん、と一方的な語り掛けは、聞き取り易いようにか、緩慢な速度で告げられ、終わる。
雪菜達は顔を見合わせ、唯一念話外のシルビィは首を傾げた。
そんなシルビィに、五人は一時間後の集合を伝え、暫し六人で談笑した後に、各々で自由な時間を過ごす。
雪菜はその間、昨日の不可解なメールの内容を、紙に書き留めた。
一時間なんて短いもので、あっと言う間に時間は過ぎてゆき、雪菜達は集合場所へと向かう。
途中までは、修也及び貴李達のグループと一緒になり、ギルド連盟事務局の所在地などを、説明した。
修也達と別れた雪菜達が、広場に辿り着くと、丁度、皆も歩いてくる所で、修也及び一グループ、四グループ以外のメンバーが集まる。
それから、八重子により「明日に備えた買い物をするも良し。調べものをするも良し。但し、危険な事や、犯罪になるような事はしない事」と注意された後、自由時間を言い渡され、それぞれグループで動き出した。
雪菜達、三グループは昨日出来なかった買い物をするつもりである。
「んー、取り敢えず、何処行く?」
「はいはーい! 服屋!」
雪菜の問いに美夜が元気良く挙手する。
他の面子も「いいんじゃない?」と、それに頷く。
雪菜は「じゃあ、服屋ね」と、一行は服屋を探した。
「動き易い服と、寝間着は必要だよね?!」
「うん、着替えはいるよね」
美夜の言葉に、いのりが同意する。
「服屋の後は防具屋に参りませんか?」
「あー、防具な? 確かに、防具はしっかりしてた方が安心だよな。まあ、そんなに買えるかは分からんけど」
シルビィの言葉に、正樹がうんうんと頷くと、永久が「じゃあ次は防具屋で、その次は道具屋か?」と問う。
「そうだね、必要なものって言ったら、きっと着替えや道具だから。それでいいと思うよ」
雪菜が賛成すると、他の面子も異論がなかったのか頷いた。
街道を歩き、目的のお店を探す。
今日はやけに通行人は多く、一行は人波に流されないように気を付けながら歩いた。
「あ、発見!」
びしぃっ、と効果音でも付きそうな勢いで指を差す美夜。
すると、「そんな激しく指を差してはいけません!」と、お母さんさながらに告げる永久。
因みに裏声である。
それも、とても聞くに耐えない。
隣で正樹が吹き出し、いのりは口元を引きつらせて苦笑、雪菜はスルーして服屋に歩き出し、シルビィは困惑。
美夜に至っては真顔で、「トワちゃん、いつからオカマになったの?」と問い掛ける。
「ちょ、美夜さん。真顔やめて。ツッコむならもっとこう……!」
永久が謎の身振りをしながら、そう訴えるのに美夜は、「あ、せつなーん!」と見事なスルースキルを発揮し、一人先に服屋へ向かった雪菜の後を追う。
「いつものパターンだな」
「えと、大丈夫だよ」
「ナガヒサ様、行きましょうか……?」
片や笑いながら、片や苦笑しながら、片や首を傾げながら、三人に告げられた言葉に、「正樹、言ってくれるな。緑川さん、何が大丈夫なのか、トワさん分かんない。シルビィさん行くよ……」と永久は小さく息を吐いて、歩き出した。
「いらっしゃーい」
服屋に入るなり、店員らしきふくよかな女性が元気良く声を上げた。
服屋の中は広く、日本の服屋のように様々な衣類が陳列していた。
勿論、衣類の種類は日本の服屋とは異なる。
Yシャツなど、似ているものは確かにあるが、所謂ファンタジーの村娘、村人のような服が多く並んでいるように思える。
「じゃあ、各自自分の予算内で好きなの買って。以上、散れ」
「いや、散れって……!」
くるりと振り返り、早口で雪菜は言う。
その際の言い方に、永久が思わず笑うと、正樹が「はいはい、笑ってないで選ぶぞー? トワー」と永久の襟首を掴まえて、引き摺った。
女性陣はそれを見送り、各々で好きな服を選ぶ。
「あ、これ可愛い! せつなん、せつなん! これ着よう!」
「セツナ様! これなんて如何でしょう?」
「栗原さん、これ、着てみない?」
自分の服を選びに行った筈の三人が、何故か一着ずつワンピースを手に、雪菜の元に舞い戻ってきた。
「いや、着ないから。何で皆悉く……てか、何処から持ってきた」
見せられた三着のワンピース。
それは何故か、皆一様にフリフリであった。
それはもう、たっぷりの。
胸元に編み上げのある白黒の、ゴシックロリータなワンピースを持つ美夜。
天使を思わせるようなふわふわ素材の真っ白い、ロリータワンピースを持つシルビィ。
淡い水色のアシンメトリーワンピースを持ついのり。
着てみたいような気はする。
興味はある。好奇心もある。
だが、思い出して欲しい。
自分達が探しているのは動き易い服であると。
雪菜はそう思考しながら、口元を引きつらせた。
「良いではないか、良いではないか!」
「ちょ、何処の悪代官?!」
にんまり笑顔の美夜が、逃げ腰の雪菜の肩をがっしりと掴む。
雪菜は声を大にして叫びたくなった。
「自分のを選べ」と。
だが、それを口にする前に、ずるずると力任せに引き摺られ、試着室へと押し込められる。
そして、雪菜は三人の満足いくまで着せ替え人形にされた。
試着室の中に留められ、次々と衣類を手渡され続ける。
これは何て拷問だ、と雪菜は顔をげっそりとさせた。
途中、早々に服を購入し終えた男子二人が様子見に来て、永久が肩を震わせて笑ったり、正樹が「女子は……いや、美人は大変だなぁ」なんて笑っていたのを、きっと雪菜は忘れないだろう。
正樹の言葉に、便乗するように「美人、ならシルビィさんを着せ替え人形にすればいい」と言う雪菜の言葉は、「せつなんが良い」と言う美夜に却下されていた。
唯一の救いは、購入した服は自分の選んだものになった、と言う事だろうか。
服屋での買い物を終えた六人は、それから防具屋で籠手と胸当てのみを購入。
続いて、道具屋に赴き、この世界の歯ブラシやタオル、昨日消費した回復薬類などを購入していった。
本日の収穫は全部で、複数の下着を含む着替え一式。
寝間着。防具。宿泊に必要な日用品である。
一行はご満悦と言った風で、帰路に着く。
唯一、雪菜だけは酷く疲れた顔であった。
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お待たせしました!
今回は、お買い物回です!
主人公は着せ替え人形(笑)
次回、更新も明日19時以降を予定しております!
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
永久「く、栗原さん、かわいっ……!」(笑)
正樹「フリフリだ、フリフリ。あれ、重くねぇの?」
永久「いや、重くはないだろ。何気に、栗原さんゴスロリ似合いすぎ」(笑)
正樹「確かに……もうあれで良くないか?」
永久「だな。戦うゴスロリ少女」(笑)
雪菜「黙れ、外野」
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