第22話 ゴブリン戦、第2ラウンド開始するそうです
「美夜! シルビィさん! 周囲を警戒して! この二体は私が倒すから!」
雪菜が早口でそう告げると、地を蹴る。
名前を呼ばれた二人は、いのりと永久を庇う形で挟み、得物を構えた。
(早く仕留めて、森を出る)
内心で呟き、角笛を持つ小鬼と斬り結び、防壁の歌声で刃を弾き、その瞬間に相手の首筋を切り裂くと、くるりともう一体に向き直る。
今度は、防壁の歌声を使用したごり押し。
相手の全ての攻撃を防ぎながら、身体を斬り付けていき、最後に心臓を一突きする。
「はぁはぁ……」
呼吸は荒く、肩で息をする。
雪菜は頭陀袋から体力回復薬小を取り出し、飲み干した。
「セツナ様! 敵増援です!」
響く足音と、茂みが激しく揺れる音に、シルビィが声を上げる。
雪菜が「走るよ」と指示を出し、一行は走り出す。
雪菜は皆に前を行かせ、また殿に戻った。
「美夜、後ろ何体居るッ?」
「分かんない! いっぱい居るよぉッ?!」
永久の問いに、美夜が半泣きで答える。
走る順番は変わり、美夜、正樹を背負う永久、いのり、シルビィ、雪菜の順に、森の外へと駆けた。
その後を追うのは、茂みを揺らし、飛び出してきた無数の小鬼。
その手には、棍棒、ショートソード、弓、ナイフと武器を持っている。
森の外までは追って来ないのではないか、と言う淡い期待を抱きながら、六人は最後の木々の間を抜けた。
「で、ですよねっ?!」
シルビィが口元を引きつらせながら、僅かに落胆したような声を上げた。
「ひっ?! 弓、構えてっ?!」
背後から引き続き追い掛けてくる小鬼達。
その中の数体が立ち止まり、弓を構えているのに気が付き、いのりが悲鳴を上げた。
直ぐに雪菜が防壁の歌声を発動し、飛んできた矢は全て防がれる。
結界に弾かれた矢が、地面に転がった。
(このまま走り続けてもジリ貧?)
雪菜は飛んでくる矢が止まったのを確認し、歌を止めると、魔力回復薬小を一本飲む。
空になった小瓶は後方に投げ込み、小鬼一体がそれを踏んで転んだ。
「っこ、このまま街まで逃げるのッ?!」
「ま、魔物を引き連れて街に行くのはお勧め出来ません! 街を危険に曝したと、ギルドから除名され、厳罰される可能性がありますッ……!!!」
「じゃあ、どうする?!」
美夜の問いに、シルビィが答え、その返答に永久が更に問う。
その間、小鬼達との距離が広がる様子はなく、寧ろ僅かに縮まったような気がする。
それもその筈で、人間一人を背負った永久が全力で走れないのもあれば、いのりはお世辞にも走るのが早いとは言えなかったのだ。
二人の速度に合わせて走る一行の速度は、自ずと遅くなり、小鬼の方が僅かに早い。
追い付かれるのも時間の問題だろう。
また、体力値が尽きるのも……。
「きゃあッ?!」
不意にいのりが小さく悲鳴を上げながら、足をもつらせて転んだ。
慣れない事続きで、疲労していたのだろう。
永久、美夜、シルビィが目を丸くしていのりの名を呼ぶ。
じくじくと痛む、擦り剥けた膝と、後方から迫る小鬼達に、いのりは地面に座り込んだまま涙を溢れさせた。
殺される、と感じた頭が、諦めのよう感情を胸中に浮かばせる。
(何つうベタな展開ッ……)
雪菜は永久達に「先に行って!」と叫ぶと、慌てていのりに駆け寄り、その手を掴んで立ち上がらせる。
そして、いのりの手を引きながら駆け出す。
「えぐ、ぐり、ばらっ、ざんっ……!」
泣きながら自分を呼ぶいのりに、雪菜は「何としても逃げ切るよ」と告げて、繋いだ手をきつく握り締めた。
けれど、小鬼との距離は縮まるばかり。
(どうする? 小鬼のステータスを下げて逃げる? 私達のステータスを上げて逃げる? 魔力値は持つの? 駄目だ、まだ使っていない歌はどれだけの効力か分からない)
雪菜は追って来る小鬼と、己が手を引くいのり、前方の美夜達を順に見遣り、思考する。
「緑川さん、思い切り走って! 美夜、緑川さん頼んだ!」
雪菜が何を思ったのか、いのりの身体を思い切り引っ張り、前方へと押す。
少々よろけながらも、前へと駆けたいのりの手を、心配そうに雪菜達の様子を窺っていた美夜が、立ち止まって掴む。
そして、「分かった! せつなんも早く!」と雪菜に告げ、今度は美夜がいのりの手を引いて走り出す。
いのりは、後方で失速し始めた雪菜に「ぐ、ぐり、はらさっ……!」と声を掛けようとしたが、「あー、アイルビーバック」と真顔の雪菜にグーサインを送られ、制止される。
(あれ、これ死亡フラグだったか)
余りにも急展開の数々に、目に見えて危機的な状況に、嫌に冷静になった雪菜は疲れたような顔で、内心で呟くと、その場に立ち止まり、無数の小鬼に向き直った。
前方から自分を呼ぶ声が聞こえるが、それは無視だ。
「逃げ切れる可能性が略ないなら、逃げ切れるように足止めするしかない。て、言ってもさ、この数は無理か」
雪菜は髪の毛をくしゃりと混ぜると、残りの魔力回復薬小二本を飲み干し、「取り敢えず、自分が死なないようにぶっ殺す」と一人呟いてダガーを構えた。
一体、何故こんなに居るのか。
何処からこんなに現れたのか。
雪菜達を今晩のご飯にしようとでも言うのか、得物を片手に「ゲギャギャ」と笑いながら、間近に迫った小鬼の群れ。
雪菜は直ぐに防壁の歌声を発動した。
「ギャギャ?」
「ゲギャ?」
突然立ち止まった獲物と、突然現れた結界に警戒するように小鬼達が立ち止まる。
そんな、小鬼の反応に、雪菜は少しの足留めくらいにはなったか、とその群れに突っ込み、手前から小鬼を斬り伏せていく。
相手の数は、三十弱だった。
全ての攻撃を防壁の歌声で防ぎ、ダガーを振るう。
一体、二体、三体、四体と倒していった所で、十体程の小鬼がこの場から離脱。
五人の後を追って行ったようだった。
(……やっぱり、この数全部は止まんないか)
五体目、六体目、恐らくレベルの低い小鬼を斬り捨て、自分を通り過ぎて行った奴等に眉根を寄せた。
七体目、八体目、九体目、十体目。
丁度、そこまで斬り伏せた所で、雪菜の頭が目眩を訴えた。
恐らく、魔力切れが近いのだろう。
「はぁ、はぁ……体力ないんだよ、私」
残り十数体。
僅かに小鬼達から距離を取り、雪菜は荒い呼吸を繰り返しながら、小さくぼやく。
歌をこれ以上使えば、魔力切れで動けなくなる。
そうなれば、死へまっしぐらだ。
(弓持ちは倒した。なら、やる事は一つだ)
雪菜は内心で呟き、くるりと踵を返した。
「え……」
逃げ出そうと、走り出そうとした雪菜の視界に金糸が映った。
がちゃん、と金属音を響かせて、誰かが雪菜の真横を通過して行った。
雪菜は慌てて振り返り、目にした光景に目を丸くする。
「エレ、ノア……さん?」
ヒーローさながら。
一度目の登場に続き、二度目も、まるで物語の主人公のようなタイミングで彼女は現れた。
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ばっちり来ましたエレノアさん!
正に主人公のヒーロー(笑)
次回、更新は明日の19時以降を予定しております!
以下、おまけ。
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エレノアの第一印象
精市「エレノアさんですか? 強く美しい女性だと思いました」
歩夢「とっても強い美人さんかな!」
叶太「金髪美人騎士、一択!」
八重子「とても強くて綺麗な女性、でしょうか?」
雪菜「……ベタな展開のヒーロー?」
シルビィ「とてもお強い女騎士様だと思いました」
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