第21話 ゴブリン増殖中により、至急救援求む
ごめんなさい!
更新、遅れました!
「うあー! 緑川さんあんがとー!!」
永久が感極まったように、正樹を支えたままいのりを抱き締めた。
その瞬間、いのりの顔がぼんっと沸騰したように赤く染まる。
「あ、え、あ、あ……」と声にならない声を洩らすいのりに、美夜が「いのりんー!」と背後からいのりに抱き付く。
ぎゅうぎゅうのサンドイッチ状態の四人に、雪菜はようやっと息を吐き、小さく笑った。
けれど、まだここは森の中だ、と周囲を警戒し直すように自らの頬を緩く叩く。
その横で、シルビィが「よ、よ、良かったあぁぁ」と、鼻を真っ赤にして、決壊したダムのように泣き出した。
そこから、謝罪とお礼合戦を繰り広げ、自分達が生きていた事に安堵すると同時に、早く森から出ようと動き出す。
気絶している正樹は、勿論永久が背負ってだ。
「! ねぇ、ちょっとこっち来て」
さあ、森を出るぞ、と歩き出そうとした五人を引き止め、雪菜は小鬼の死体が転がっている近くの茂みへと、皆を呼ぶ。
皆、首を傾げながらも、これまでの雪菜の活躍から、大人しく指示に従った。
茂みの中へ入り、隠れるように皆で屈み込むと、不意に雪菜が「しー」と人差し指を口に当てる。
「ゲギャ」
「グギャギャ」
何だろう、と更に首を傾げながらも、皆で静かに息を潜めていると、唐突に先程聞き知ったばかりの汚ない声が響き、一斉に身体を強張らせた。
この場に、現れた小鬼は三体。
何かしら話でもしているのか、転がる同胞の死体の周囲をぐるぐる回り、「ゲギャ」「グギャ」「ギャギャ」と鳴く。
どのくらいそうしていたのか、暫くして小鬼達は森の奥へと姿を消した。
誰からともなく、詰めていた息を吐く。
「栗原さん、よくわかったな……」
永久が声を潜めて、雪菜に言う。
「緑川さんのスキルが発動した時、凄い発光だったから、近くに魔物が居たら寄ってくると思ったの。だから、隠れたんだよ。魔物の嗅覚が優れているかなんて分からなかったから、取り敢えずここに隠れれば、小鬼の血の匂いでバレないかと思ってね」
雪菜はちらりと小鬼の死体を横目に、何故ここに隠れるように提案したか、小鬼の接近に気がついたかを説明する。
それに、永久が「ああ、そう言う事か」と頷き、残りの三人も感嘆の声を上げた。
「っせ、せつなん」
不意に美夜が、雪菜の袖を引く。
雪菜が美夜に視線を向け、首を傾げると、美夜は「吐きそう」と呟き、それに続くようにいのりも「栗原さん、私も……」と言う。
雪菜は困ったように頬を掻くと、取り敢えずと美夜の背を擦る。
美夜同様に胃の不快感を訴えるいのりの背は、シルビィが擦った。
「これから、どうしようか?」
ぽつりと、雪菜が呟く。
永久が「街に帰る、一択だろ?」とその呟きに返事し、「まあ、小鬼が彷徨いてるのを考えると、迂闊に動けないけどな」と苦い顔で続けた。
「ここに隠れていれば簡単には見付からないだろうけど、見付かる可能性がない訳じゃない。でも、帰らない訳にはいかないし、だからと言って見付からないように移動するのは難しいかもしれない。敵の数が分からない以上、行動へのリスクは高いが何もしなければ助かる可能性も限りなく低いと思う」
雪菜は気分悪そうに口元を両手で覆う美夜の背を擦り続けながら、皆に聞かせるように淡々と語る。
「そりゃ、そうだよな。……引き続き、抱っこにおんぶみたいで悪いんだけど、栗原さんに俺等の残りの魔力回復薬小を渡したとしたら、無事に森から出られるか?」
「断言は出来ないけど、死なずに出られる可能性を上げる事は出来ると思う」
防壁の歌心で、遭遇する敵の全ての攻撃を防ぐのであれば、皆無事に森から出られるだろう。
だが、問題は魔力値である。
例え、残りの魔力回復薬小五個を貰い使ったとしても、もし敵との遭遇率が高ければ、森の外まで持たない可能性があった。
歌のスキルはあまり燃費のいいものではないし、小鬼が周囲に何体居るかなど、雪菜達に知る術はないのだ。
「で、では……これから森を出るのですか?」
「そうなるだろうな? このままここに居ても仕方ないし、状況が悪化する可能性があるからな」
シルビィの問い掛けに永久が答え、雪菜も頷く。
いつまでも、ここに留まってはいられない。
「せ、せつなん、ごめん。もう大丈夫……」
移動する流れになった会話に、美夜がまだ青い顔で雪菜に声を掛ける。
雪菜が「本当に、大丈夫?」と問うと、美夜は「うん、多分、血生臭い所から離れれば平気」と頷き、いのりもそれに同意した。
「シルビィさん、お手数おかけしました」
「いえ、皆様、魔物討伐は初めてですから」
小さく頭を下げるいのりに、シルビィが首を横に振る。
雪菜はまだ顔色の悪い二人に、こんな血生臭い場所に居たら治る訳もないか、と鼻腔を刺激する鉄臭さと、胸のむかつきに、僅かに眉根を寄せた。
「じゃあ、魔力回復薬小だけ、貰っても?」
雪菜が改めて確認するように、皆に問うと、皆一様に頷き、己の分の魔力回復薬小を差し出した。
雪菜は先ずは二本、と手にした魔力回復薬小を二本飲み干すと、残りを頭陀袋に放る。
残りは三本。
「気を付けて、行こう」
そう言って、雪菜は立ち上がり、歩き出す。
その際、一度永久に振り返り、「ああ、そうだ、青瀬くん。私は別に抱っこにおんぶみたいなんて思ってないよ」と思い出したように、告げて。
それに永久は一瞬呆けたように固まるが、美夜に「トワちゃん」と服の裾を引かれ、慌てて歩き出す。
そして、一行は森の出口を目指して歩き出した。
細心の注意を払いながら、先頭からシルビィ、美夜、正樹を背負う永久、いのり、雪菜の順で一行は森の中を歩く。
皆、無言で黙々と。
殿である雪菜は後方を警戒しつつ、前方に敵が来た場合にも、素早く対応出来るように、神経を磨り減らす。
シルビィや美夜、いのりにはまだ小鬼を倒すのは難しく、正樹を背負う永久もまた戦うなんて無理な話だ。
結果、まともに戦えるのは雪菜だけ。
だが、先程の失敗からか、先頭を買って出たシルビィの瞳には戦う意思があるようで、美夜もまた動けない永久の代わりに自分が、と意気込んでいた為、この二人は拙くとも多少の自衛は出来るだろう。
ただ、いのりだけは今だ怯えを拭えずに、かたかたと手を震わせていた。
このまま何とも遭遇せずに出口まで、と五人は一様に祈る。
けれど、その祈りは届かない。
一行が浅部、森の出口の手前まで来た所で、そいつ等は顔を出した。
「っ小鬼二体です! こんな所まで……!」
「鑑定! れ、レベル10とレベル12ッ?!」
「ゲギャー」と鳴き声を上げて、前方、進行方向に躍り出て来たのは二体の小鬼。
目を見開きながらも、シルビィが後方に伝達し、素早くシースナイフを抜く。
後ろで美夜が鑑定を使用し、目を見開いて、驚愕の声を上げる。
先程よりも三体少ない代わりのように、レベルの高くなった小鬼。
持っている武器も変わり、2体ともショートソードを構えており、内一体は肩から角笛をぶら下げて居た。
「やばい」雪菜は本能的にそう感じ、素早くダガーを構えて駆け出す。
小鬼達は、にたにたと嫌らしく笑った。
「っ、栗原さん?!」
「ッさせ、るか……!!」
物凄い勢いで隣を通過した雪菜の名を永久が呼ぶが、雪菜は構わずに角笛を持つ小鬼へ一直線に向かう。
逆手に、直ぐに振るえる状態のダガー。
「っぐ……?!」
けれど、雪菜の進行はもう一体の小鬼に阻まれた。
角笛を持つ小鬼の前へ出たもう一体の小鬼が、雪菜にショートソードを振り下ろしたのだ。
雪菜はそれをダガーで受け流し、相手の胴体に回し蹴りを見舞う。
蹴りを受けた小鬼の身体が、軽く横へ流れる。
が、直ぐに体勢を整えて、雪菜に再びショートソードを振るう。
「邪魔ッ……!」
雪菜がそう吐き捨てるように言うと、防壁の歌声を発動してショートソードを防ぎ、その横を通過。
角笛を持つ小鬼にダガーを────。
「ゲギャギャー」
雪菜の振るったダガーが触れる前に、小鬼は笑って角笛に口を付けた。
そして、ブオオォーン、と森の深部まで届くのではないかと思われるような、大きな角笛の音が響き渡る。
雪菜の振るったダガーは、空を切る結果に終わった。
「誰だよ、小鬼が雑魚だって言ったのッ……」
雪菜がダガーを握り直し、僅かに小鬼二体と距離を取ると、忌々しげに呟く。
誰ともなく、頬を嫌な汗が伝った。
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ゴブリン戦、第2ラウンド、ファイ!
今度こそ、絶体絶命なのか。
はたまた、助けが来るのか……。
次回、更新は明日の14時、または19時以降を予定しております。
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
晋也「シルビィさん可愛かったなぁ……」
叶太「そうだなぁ」
晋也「けも耳、サイコー」
叶太「うさ耳もいーけど、俺は猫耳派だなぁ」
晋也「おま、今それ言うか?」
叶太「はっはっはっ。お、あの猫耳姉さん可愛いー」
晋也「何処?! 何処だッ?!」
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