閑話 駆け込み冒険者と特別依頼の発注
丁度、雪菜達が依頼追考の為に、アルルカの森にて小軟水体を討伐していた頃。
とある一人のCランク冒険者の男が、ギルド連盟事務局に駆け込んできた。
「は、は、ははは、ハルハナさんッッ!!!」
ばん! ────荒々しく扉が開かれたかと思うと、そこから現れた土埃などで薄汚れた男が、受付カウンターに向かう。
局内に居た冒険者達は、「なんだなんだ?」と興味深そうに視線を送る。
よく見ると、男にはあちこち切り傷があり、ぽたぽたと腕や足から血が垂れていた。
「ど、どうしたのですか? そんな……ボロボロで……」
水色髪の受付嬢──ハルハナが痛ましそうに男を見遣り、問い掛けるのに、男は真っ青な顔で叫ぶ。
「ご、小鬼だ!! 小鬼が、集落をッッ……!!! アルルカの森にッッ!!!?」
男の叫び声に、局内が一瞬で水を打ったように静まり返る。
局内の全ての視線が男だけに、注がれた。
「?! フユユキ!! 至急支部長にこの事を報告!! 小鬼集落、討伐の依頼を発注します!!」
ハルハナも目を見開き、一瞬固まるが、そこはプロ、直ぐ様持ち直し、隣のカウンターの長い橙髪の受付嬢──フユユキに指示を飛ばす。
急に飛んできた指示に、フユユキは「はいぃぃ!! 先輩ッッ!!」と上階へと駆け出した。
(小鬼の集落。今回の発見は早い? 遅い? 早ければ数は居れど、強い個体は居ない筈。遅ければ、強い個体が生まれている可能性がある……っあ!!!)
ハルハナはカウンターから出ると、眉間に皺を刻み、冒険者の男を医務室へ通しながら、思考を巡らす。
そして、はた、と思い出した。
ああ、つい先程、入ったばかりの新規冒険者達が依頼の受注を……あの人達は今、アルルカの森にッ……!!
思い出された事柄に、ハルハナの顔が青褪めていく。
Cランク、Dランクの冒険者が小鬼単体と遭遇した際の生存率を九十五パーセントとし、小鬼の群れと遭遇した際の生存率を三十五パーセントとするなら、Eランク、Fランクの冒険者の場合の生存率は──前者が三十パーセント、後者が十パーセントである。
何故、ここまで下がるかと言うと、Cランク、Dランクの冒険者には魔物討伐の依頼が複数あるのに対して、Eランク、Fランク冒険者には魔物討伐の依頼は小軟水体討伐のみ。
よって、Eランク、Fランクの冒険者はCランク、Dランクの冒険者より、圧倒的に実戦経験が少ない。
それに加えて、今回問題となるFランク冒険者は登録し立ての冒険者。
恐らく、生存率は更に下回るだろう事が予測された。
何せ、彼等、彼女等はハルハナが依頼の受注処理を行う際、確かに、“今回が初めての魔物討伐だ”と話していたのだ。
ハルハナは医務室の者に、冒険者の男を任せると、慌ててカウンターに戻る。
「だ、誰か……!! 今ここにAランク以上の冒険者の方はいらっしゃいませんかッッ?!!」
ああ、駄目だ。
あんな若い子達を死なせるなんて。
ハルハナは焦ったように声を張り上げた。
その声は僅かに震えていて、何処か鬼気迫るものがあった。
早く、早く、誰かに救助の依頼を頼まなければ、と。
けれど、その声に反応してくれる者は居ない。
この場には、Bランク以下の冒険者しか居なかったのだ。
ハルハナの顔が見る見る内に、絶望に染まっていく。
そして、ハルハナは思い出したように、最後の手段のように、名指しでとあるAランク冒険者を呼んだ。
「!! え、エレノア様! エレノア様はいらっしゃいませんかッ?!」
白金騎士、エレノア。
ハルハナの最終手段は、騎士道を貫く優しい女騎士に依頼を託す事だった。
ハルハナは続けて、「エレノア様の所在を知りませんか?!」と声を張り上げる。
けれど、誰もが首を横に振った。
エレノアの所在など、誰も知らなかったからだ。
(討伐隊を組むなら、Bランクの冒険者でも小鬼の群れを低リスクで狩りに行ける。けど、討伐隊を募る時間はない。だからと言って、不特定多数の敵に、Bランクの冒険者を数名派遣しても怪我人を増やす可能性が高い)
ハルハナは俯き、ぎゅっと両の拳を握り締め、唇を噛んだ。
どうする? どうする?
ぐるぐると、その言葉だけが頭の中を巡る。
殺伐としたその空気の中、それを破るように扉が開かれた。
この場の者達の視線が一斉に、扉を開けた者に向く。
「……そんなに見つめられると穴が空きそうなんだが?」
件の女騎士、エレノアは何故こうも自分に視線が向いているのか分からずに、首を傾げる。
ハルハナは目を丸くすると、慌ててカウンターから飛び出し、エレノアに駆け寄った。
「エレノア様! 至急、受注して頂きたい依頼がございます!」
声を荒げ、そう告げてくるハルハナにエレノアは僅かに眉根を寄せた。
ギルド連盟から直接依頼の話を持ち掛けられる時は、いつだって急を要するものや、人命の掛かっているものが多いからだ。
この場の空気とハルハナの様子から、今回も例外なく、そのどちらかだろうと、エレノアは思考する。
「依頼内容を聞かせて貰えるか? ハルハナ嬢」
「はい!」
エレノアの問いに頷くと、ハルハナは依頼の内容を話し始めた。
Cランクの冒険者が小鬼に襲われた事。
その冒険者が、アルルカの森に小鬼の集落を発見した事。
今、アルルカの森には新人の冒険者達が居るだろう事。
そして、これより小鬼の掃討依頼が発注され、小鬼討伐隊が組まれるだろ事と、その間に先駆けとして、新人冒険者達の救助に向かって欲しい事。
「恐らく、小鬼討伐隊を結成している間に、彼女達は殺されてしまうでしょう。支部長に至急、追加の依頼発注をお願いするつもりです。受けて頂けませんか?」
「ああ、問題ない。新人をみすみす死なせる訳にはいかないからな。その依頼、私とグレンが受けよう」
「ありがとうございます!」
引き受けると頷いたエレノアに、ハルハナがお礼の言葉を述べると、エレノアは「依頼の受注処理は任せた、ハルハナ嬢。私はグレンに声を掛けてアルルカの森へ向かう。支部長にもよろしく頼む」と告げ、踵を返す。
「はい、エレノア様。よろしくお願い致します!」
ハルハナはそう言って深々と頭を下げると、エレノアの華奢だが何処か頼もしい背中を見送った。
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エレノアさんが行動開始!
主人公達の救出は間に合うのか、はたまた主人公達が自力で助かるのかは、次回以降で!
閑話につき、おまけはお休みです。
次回、更新は夜の7時を予定しております!
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