第20話 料理スキルの本気を見よ
「っきゃぁ!」
小鬼が笑いながら美夜に向かい、棍棒を横薙ぎに振る。
美夜は、反射的にそれをダガーで受けるも、力負けして、身体が横に転がった。
強かに打ち付けた臀部が痛みを訴えるが、そんな事に意識を逸らす余裕は今の美夜にはない。
もう一体の小鬼と交戦する永久から、「美夜っ! 逃げてろ!!」と声が上がる。
「あ、あたしッ……」
体勢を立て直そうとするも、一歩遅い。
小鬼が棍棒を振り上げ、いのりが「茶越さん!」と声を上げた。
「っ……?!」
咄嗟に頭を両手で庇うように覆い、目を瞑る。
美夜の耳に、ばきんっと鈍い音と──歌声が響いた。
「わ、わたくしだってぇ……!!!」
慌てて目を開けた先に見えたのは、自分に張られた雪菜のスキルによる結界と、弾かれて地面に転がった小鬼、それにシースナイフを逆手に握ったシルビィ。
先程まで怖気づいていたシルビィが、小鬼に向かい、その肩を思い切りシースナイフで突き刺した。
「シルビィさん! それじゃ、倒せない!」
魔力残量の問題から歌を中断した雪菜が、対峙していた小鬼の胴体に蹴りを入れながら、シルビィに叫ぶ。
シルビィは「は、いぃぃ!」と突き刺したナイフを引き抜き、今度は首を突き刺さんと動かす。
けれど、今正に殺されそうになっている相手が、大人しくそれを受け入れる筈もなく、小鬼が勢いよく振り返り、その勢いのままに棍棒を振るった。
「っ……?!」
シルビィは振るわれた棍棒を、持ち前の兎の瞬発力で躱す。
が、足をもつらせ、その場に尻餅を付いた。
転んだ拍子に、手からナイフが転がってゆく。
「ッシルビィさん?! っと、倒れとけ!!」
シルビィ、美夜の様子を気に掛けながら、小鬼の棍棒を躱していた永久が、相手の隙を付いて足払いを掛けると、慌てて二人の元へ駆け出す。
その視界には、肩から血を流す小鬼が標的をシルビィへと戻し、彼女に向かって棍棒を振り上げるのが映る。
「っ死んで」
視界の端で、恐怖に顔を青褪めさせたシルビィと、腰が抜けたように座ったままの美夜が映り、雪菜は唇を噛むと、自分に向かって振り回される棍棒を躱しながら、小鬼の足に向かってダガーを投擲。
ざくり、と突き刺さったそれに小鬼は苦痛の悲鳴を上げ、一瞬攻撃の手が緩む。
僅かに生まれた隙に、雪菜は一気に踏み込み、小鬼の首元に回し蹴りを見舞い、地面に転がすと、素早くダガーを引き抜き、首を掻き切った。
その際に抵抗のように、棍棒をぶつけられた左足が痛みを訴え、小鬼から吹き出した鮮血が、手や衣類を汚したが、構わずに、残りの小鬼を倒すべく駆け出す。
「っひ、わ、わたくし、っ……!」
「し、シルビィさん逃げて!」
魔物の知識はあった。
魔物が倒される所を見た事もあるし、護身術も習っていた。
だから、レベル6になったのだ。
でも、実戦経験はなかった。
自分には小鬼はまだ早かったんだ、と静かに感じながら、シルビィは涙目で目の前に迫る棍棒を見つめた。
動く気力はもうない。
恐怖に縮こまるシルビィに、美夜が叫ぶ。
「ふ、ひゃッ?!!」
棍棒がシルビィを殴り付ける──。
寸前、永久がシルビィの襟首を思い切り引っ張って回避。
棍棒はシルビィの足の間、地面を殴打した。
永久はそのまま、素早くシルビィの身体を後ろへ転がすと、降り下ろした体勢の小鬼の両手に踵落としを決め、どっと棍棒が地面に落ちる。
透かさず、踵落としを決めた足とは逆の足で小鬼の首元を狙って蹴り伏せ、倒れた所で、二度ほど心臓にダガーを突き刺した。
「っは、っは……!」
真っ赤に染まったダガーを握り締めたまま、永久が荒い呼吸を行うが、「トワちゃん、まだ終わってない!」と言う美夜の声と、次いで背後から響く雪菜の歌声に、慌てて振り返る。
振り返った先に見えたのは、先程地面に転がして来た小鬼がこちらに向かって弓を射る瞬間。
けれど、矢は当然の如く雪菜の結界に阻まれて地面に転がり、その最後の小鬼も雪菜の手により沈黙した。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
魔力残量、5。
体力残量、3。
目に映るギリギリの数値を見ながら、雪菜は荒い呼吸を整えようと肩を上下させる。
(怪我は、山下くんだけ……?)
雪菜はダガーや手に付着した血を拭い、ホルダーに戻すと、正樹の元へ向かう。
『経験値が一定に達しました。レベルが3から4に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが4から5に上がります』
と、その間、雪菜のステータスが更新を告げていた。
「く、栗原さん!!」
半泣きの美夜とシルビィ、自分同様に荒い呼吸の永久、と安否を確認するように順々に視線を移していた雪菜を、いのりの焦ったような声が呼ぶ。
「や、山下くんがっ……!」
「シルビィさん、回復魔法って使える?」
顔を土気色に染め、「う、あ……」と呻き声を上げる正樹に雪菜はシルビィに声を掛ける。
シルビィは「はいぃ!」と、急いで何とか這ってこちらに来ると、「や、矢を抜いて頂けませんか?」と雪菜に告げた。
雪菜は頷いて、矢の上部を折ると、引き抜かんと掴む。
それを永久が「待って、栗原さん」と制止する。
「俺がやるから」
永久がそう交代を申し出る。
力的な関係から、女である雪菜より男である永久の方が適任だろう、と雪菜は大人しくそれに応じた。
「抉らないように、真っ直ぐに抜いて。シルビィさんは抜けたら直ぐに治癒して」
雪菜の言葉に、永久とシルビィが頷く。
いのりと美夜は、不安そうに四人を見つめた。
そして、正樹に刺さった矢が引き抜かれる。
シルビィが素早く「治癒の光を灯せ! 小回復!」と二回、回復魔法を使用すると、傷は殆んど塞がっていた。
その間、雪菜は体力回復薬小を取り出す。
「こ、これで大丈夫……?」
いのりが不安そうに問うのに、シルビィは「お、恐らく……」と曖昧に返す。
雪菜は「体力回復薬小を使おう」と告げて、いのりに正樹の頭を押さえて貰いながら、小瓶の口を正樹の口へ付ける。
「山下くん、飲んで。回復薬だから」
「う、あ、あぁ……」
まだ意識はあったらしく、正樹は雪菜の言葉に小さく頷いて、体力回復薬小を飲み込んだ。
けれど、顔色が良くなった様子はなく、依然呼吸は浅く早く、僅かに身体が痙攣しているように見える。
「美夜、山下くんを鑑定して」
雪菜は眉根を寄せて、美夜に告げる。
美夜は「う、うん!」と慌てて鑑定を使い、顔を青褪めさせた。
「ど、毒……状態異常、毒って……」
震えた声で美夜が言った。
「そ、そんな……!」
「! 小鬼の武器には獲物を弱らせる毒が塗ってある事があるって……! あああッ、な、何で忘れてッ……!!」
いのりが絶望した顔をして、次いでシルビィが顔を歪めて悲痛に叫んだ。
「解毒はッ……?! 解毒出来る奴は居ないのかッ?!」
永久が声を荒らげる。
美夜がはっとして、籠から毒消し草を取り出すが……。
「毒消し草ある、けど……どうやって使えばいいのッ?」
「せ、煎じて飲ます筈です!!」
「煎じるって、どうやって?!」
困惑する美夜に、シルビィが答えるが、美夜は更に困惑する。
煎じる、なんて今ここで出来る訳もなく、ただただ焦り、切迫した雰囲気だけが、この場を包む。
「なら、早く街に帰るぞ……!」
「だ、駄目です! 間に合いません!!」
永久が言いながら、正樹を背負おうとする。
それをシルビィが止めた。
正樹の様子からして、街までは持たないと判断したのだ。
「じゃあ、どうするッ?」と、永久がシルビィを見る。
「きゅ、解毒か調薬のスキルはありませんか?!」
シルビィが必死に頭を働かせて、現状を打開出来そうなスキル名を上げた。
「私は歌くらいしか持ってない」
雪菜が苦虫を噛み潰したような顔で告げると、その他の者も同様に首を横に振った。
「ど、どうしたらッ……」
「一か八か、街に行くしかないだろ」
シルビィが顔を真っ青にして狼狽する中、永久が再び正樹を背負おうとする。
けれど、それを今度は雪菜が腕を掴んで止めた。
「栗原さん、何で止めるッ……?」
「緑川さん、ステータスを呼び出して」
目を細めた永久の問いを無視して、雪菜はいのりに声を掛ける。
いのりは「は、い!」と慌ててステータスを呼び出す。
表示されるスキルは『緑LV10』『料理LV5』の二つ。
その間も、正樹は身体の痙攣が酷くなり、「う、あ、うあ……」と苦しそうに、呻く。
「確か料理のスキルがあったよね? 毒消し草に使えるか試してみて」
煎じる、煮詰める。
雪菜は毒消し草を食材として、料理と言うスキルを活用出来ないかと考えて、告げた。
シルビィと永久から、困惑の声が洩れる。
これが駄目なら、街まで死物狂いで走るしかない。
雪菜はそう思考しながら、いのりの反応を見つめた。
「……え?」
いのりは雪菜の指示に従うように、毒消し草を美夜から受け取り、言われるがまま料理を使用しようとした。
『毒消し草を料理しますか?』
毒消し草なんて料理出来ない。
そう思っていたいのりの頭に、文字が浮かぶ。
いのりは慌てて、「は、はいいぃ!!」と激しく頷く。
「み、緑川さん?!」
「イノリ様?!」
「! ちょっ、光って?!」
目を見開く、美夜、シルビィ、永久の視線の先には発光する毒消し草と、それを持ついのりの両手。
上手くいったのか、と雪菜もいのりを凝視する。
『毒消し草の料理に成功しました。それにより、解毒剤が完成しました』
いのりの頭に、再び文字が浮かんだ。
「わ、え……解毒剤?」
ちゃぷん──手に液体の感触が現れて慌てて、手をお碗の形にすると、そこには緑色の液体が溜まっていた。
「この瓶に入れて、山下くんに飲ませて」
解毒剤と言う言葉を聞いた雪菜が、先程空いた瓶を差し出し、いのりの手の中の液体をそこに入れるように促す。
少々零しながらも、瓶に収まったそれをいのりが、永久に正樹を支えて貰いながらも、慌ただしく飲ませた。
その光景をシルビィが茫然と見つめる。
「料理? ユニークスキル? 調薬以外で調合のスキルなんてあった……?」と。
「正樹、正樹……平気か? 意識あるか?」
解毒剤が効いたのか、痙攣が治まり、正樹の顔に僅かに赤みが差す。
永久が声を掛けると、「すぅすぅ」と寝息が聞こえてきて、ほっと肩を撫で下ろした。
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取り敢えず、ゴブリン討伐完了!
料理スキルの活躍回でした!
お試し版、追い付きました!
次回、更新は日付が変わった頃に投稿を予定しております!
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
南奈「中ちゃん先生、あれ食べよ!」
八重子「あれは、りんご飴?」
南奈「ぽいよね~」
八重子「異世界でりんご飴って、変な感じするね」
南奈「うん、何か変だね?」
八重子「買ってみようか」
南奈「よし、行こー!」
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