第19話 ゴブリン遭遇につき戦闘します
「勇ましい腕力!」
「うおっしゃぁ!!」
シルビィが物攻値上昇の魔法スキルを詠唱し、その効果の付与された正樹が、ダガーを構えて小軟水体に向かう。
先ずは上から斜め下に切り付け、反撃のように伸ばされた身体をダガーで切り裂き、今度は上から二度、切っ先を小軟水体の体に突き刺す。
「やった! これで二十体目じゃね?!」
倒した小軟水体が地面に溶けるのを確認した後、魔石を回収した正樹が目をきらきらと輝かせながら、嬉々として声を上げた。
「ああ、討伐完了だな」
「やったね!」
にかり、と永久がグーサインを送り、美夜が嬉しそうに両手を前に出す。
正樹もそれに習い、両手を出して美夜とハイタッチを交わす。
そして、美夜は「せつなんもー!」と順々に雪菜、いのり、永久、シルビィともハイタッチを交わした。
「じゃあ、皆、ステータス確認してみて」
雪菜のその言葉で、皆一斉にステータスの確認を始める。
因みに、討伐数は雪菜が六体、永久と正樹が五体ずつ、美夜が二体、いのりとシルビィが一体ずつだ。
「あ! スキルのレベルが上がってます!」
「レベル上がったよー!」
「私は、特には上がってないかな?」
シルビィが自らのスキル『勇ましい腕力』が、LV1からLV2になったと喜び、次いで美夜がレベルが2に上がったと笑う。
いのりは残念ながら変化がなかったらしく、苦笑を浮かべた。
「んー、お。俺もレベル上がってるわ! トワはー?」
「俺も上がってるわ」
「私も。レベル3になったよ」
正樹と永久もレベルが2へと上がり、雪菜も自分のレベルが上がった事を告げる。
「いのりんも後一体でレベル上がらないかな?」
「あ、私は大丈夫! 皆疲れてるだろうし、もう帰ろ?」
美夜の言葉に、いのりが慌てて首を横に振ると、皆に帰還を促す。
「そうだね、初めての討伐で疲れているだろうから……緑川さんのレベル上げは次にしようか?」
「まあ、そうだな。緑川さんも疲れてるみたいだし」
雪菜、永久の二人がいのりに賛成すると、いのりもそれに続くように、首振り人形のように何度も頷く。
「わたくし達は所謂、駆け出しですからね。無理は禁物です」
「だなー、じゃあ帰ろうぜ?」
「そうだね、うん、分かったよー」
シルビィも帰還に賛成すると、正樹と美夜もそれに続く。
満場一致となり、六人は帰還しようと踵を返した。
頭上には、まだまだ太陽が輝いており、わたあめのような真っ白い雲と涼しげな風が流れ、青い空が顔を覗かせている。
(……何だか、生臭い匂いがするのは気のせい?)
雪菜は僅かに鼻腔を刺激した生臭いような匂いに、眉根を寄せながら、早く街へ帰ろう、と歩くペースを上げた。
六人の現在地は浅部より少し行った所である。
このアルルカの森の浅部には、小軟水体しか居らず、またシルビィや受付嬢にもそう聞いていた為、特に身に危険が生じる事なく、討伐依頼は完了した。
その事もあり、六人は安堵と共に、少なからず気分を高揚させていたのだろう。
薄まった警戒心を気にする事なく、森の外を目指して────。
「?! 美夜!」
「っえ、きゃ?!」
森の出口へと歩いていた一同。
その歩みは唐突に制止される。
目を見開いた永久が、鋭く叫ぶと、美夜の腕を思い切り引き、無理矢理屈ませた。
ひゅん、ひゅん、ひゅん──次いで風を切る音が三回、この場に響く。
「っっぐ、ぅ!!!!?」
「山下くん!」
「っ……!!?」
六人の後方から、飛んできた何かが、正樹の二の腕に突き刺さり、隣に居たいのりが目を丸くしながら、慌てて、正樹の名を呼ぶ。
雪菜は反射的に振り返ろうとして、体勢を崩し、転んだ。
運が良かったのか、飛んできた何かは雪菜を通り過ぎ、木に突き刺さる。
永久と美夜に向かっていた何かも、頭上を通過し、木に突き刺さった。
「矢ッ?!」
いのりが驚愕の声を上げ、正樹の腕に突き刺さった何か──矢を凝視し、顔を青褪めさせた。
それを嘲笑うように、後方の茂みが音を立てて揺れる。
「小鬼です……!!」
シルビィが自らの両手をぎゅ、と握り締めながら、鋭く声を上げた。
そして、茂みから現れたのは緑の肌に薄汚れた腰布を纏い、禿げ頭に醜い顔をした、子供くらいの大きさの怪物──小鬼五体。
小鬼は全員片手に棍棒を持ち、内三体は背に弓を背負っており、何体かの棍棒には真新しい血液が付着していた。
(っ小鬼? 浅部には小軟水体しか居ないんじゃなかったの?)
小鬼を視界に入れるなり、一瞬固まるも、雪菜はばっ、と素早く立ち上がり、ダガーを構えた。
運悪く、矢の射られた正樹が「っう、あ゛あ゛ぁ、くそ、痛ぇッ……!?」と、痛みに悶え、隣でいのりがどうしていいかも分からずに、おろおろと狼狽える。
「美夜、鑑定! 緑川さんは山下くんを見てて! 青瀬くんは皆の護衛! シルビィさんは私と青瀬くんを補助して!」
雪菜が反射的に指示を飛ばす。
いのりがはっとして、正樹の矢の射られた腕を見て、ポケットから大きめのハンカチを取り出すと、矢の刺さっている辺りにきつく巻き付ける。
永久がダガーを構え、シルビィが魔法を唱え、美夜が鑑定を使う。
レベル3
名前:名無
種族:小鬼
性別:男
スキルポイント:30
体力値:40/40
魔力値:4/4
物攻値:26
魔攻値:4
物防値:19
魔防値:4
俊敏値:17
器用値:12
精神値:8
幸運値:1
口頭でステータスを告げた美夜が、「せ、せつなん!! 右からレベル3、レベル4、レベル6、レベル3、レベル5だよ?!!」と、どの小鬼がどのレベルかを叫ぶ。
勝算は何とも言えない。
でも、逃がして貰えるとは思えない。
相手は飛び道具を使うのだから、背を見せて、そこを狙われるのは痛い。
即座に思考して、雪菜は地を蹴る。
後ろで永久が雪菜を呼んだが、雪菜は構わずに駆けた。
自分より強いかも知れない相手と、命のやり取りをするのに、恐怖を感じていない訳ではない。
ただ、まだ、雪菜には現実感が薄かった。
(先ず、弱い奴から潰す)
そう内心で呟いて、雪菜はスキルを行使するべく口を開く。
「Dance. Dance. Dance.」
口ずさむ旋律は、アップテンポな曲。
行使するスキルはまだ未使用の歌導術。
自ら近付いて来る雪菜に、小鬼が「ゲギャギャ」と笑いながら棍棒を構え、シルビィと美夜が「セツナ様ッ!!」「せつなんッ!!」と声を上げる。
「Please give yourself to the melody which flows. 」
「ギャギャ?」
レベル3の小鬼に狙いを定めて、雪菜は歌い続ける。
小鬼はのこのこと真正面から近付いてきた弱そうな女に、笑いながら棍棒を振り上げ──首を傾げた。
どういう訳か、木から伸びてきた蔓が、その手に絡み、動きを拘束したのだ。
雪菜は無事にスキルが発動したのを確認し、駆けた勢いのまま、訳も分からず首を傾げた小鬼の、がら空きの胴体、心臓部にダガーを突き刺す。
後方から息を飲む音が聞こえる。
「ッDance intensely until a foot doesn't move any more.」
吹き出す鮮血に、ダガーから伝わってくる肉を切り裂く生々しい感触に、顔を顰めながらも、雪菜は素早くダガーを引き抜き、対象を蹴飛ばして地に転がすと、次に狙いを定める。
歌は止めない。
シルビィも、スキルが切れる頃合いに、雪菜と永久の二人に勇ましい腕力を掛け続けた。
弱そうな人間達の反撃に、残りの小鬼達が一斉に雪菜に飛び掛かる。
雪菜は自らに小鬼が到達する前に、もう一体のレベル3の小鬼以外の小鬼の足を蔓で捉えて転ばす。
ただ一体だけ、蔓に邪魔されなかったレベル3の小鬼が棍棒を振り抜くが、それは届かない。
(防壁の歌声……)
雪菜がスキルを切り替えたのだ。
急に張られた結界により弾かれた小鬼が、尻餅を付くように地面に転がる。
それと同時に、ダガーを投擲。
くるくると回転しながら飛んでいったダガーは、小鬼の脳天を直撃し、小鬼は沈黙した。
(後、三体……)
投擲と同時に駆け出した雪菜は、ダガーを素早く回収して構え直す。
くらくらし始める頭に、魔力切れが近いのか、と歌を止め、もぞもぞと蔓を解いた残り三体の小鬼を見据えながら、片手で頭陀袋から黄色い怪しい液体の入った小瓶──魔力回復薬小を取り出して飲み干した。
口内に広がった苦味に、眉根を寄せながら、空になった小瓶を挑発するように小鬼に放り、「ステータスオープン」と唱える。
魔力値残量は、40であった。
「っシルビィさん、青瀬くん……何とか押さえて! 直ぐ倒すから!」
一番レベルの高い小鬼が雪菜に向かって駆け出し、残りのレベル4レベル5の小鬼が方向転換し、永久達に向かう。
美夜といのりから「ひっ?!」と悲鳴が洩れる。
雪菜に名指しされた永久は「一体、二体くらい倒さねぇと……!」と呟いて、ダガーを握る手に更に力を込め、シルビィは「わ、わたくし、た、戦います……!」とマントの中から、シースナイフを取り出して構えた。
けれど、その手はぎこちなく震えているように見える。
(っ……早く片付けなきゃ)
振り回される棍棒をぎりぎりで躱しながら、雪菜は早くこいつを倒さなければ、と相手の隙を窺う。
「ゲギャー!」
「きゃああぁぁッ……!??」
「し、シルビィさん?!」
小鬼一体とシルビィが対峙したのだが、小鬼が唐突に叫びながら突っ込んで来たのに、堪らず悲鳴を上げ、やっぱり自分には出来ない、と横へ逃げる。
目を丸くした美夜がシルビィを呼ぶが、シルビィは半泣きで小鬼から距離を取った。
標的が逃げてゆく様に、小鬼は「ゲギャギャ」と愉快そうに笑いながら、今度はと美夜を見る。
小鬼の視線が自分に向いた事に気が付き、美夜はびくりっと肩を跳ねさせると、慌ててダガーを構える。
「あ、あた、あたしもっ……戦えるんだから! せつなんや、トワちゃんばっかりに迷惑掛けたりしないんだからッ!」
美夜は震える両手でダガーの柄を握り締めて、キッと小鬼を睨み付ける。
精一杯の虚勢を張る獲物を、小鬼は嘲笑った。
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ゴブリン遭遇戦になります!
ここら辺は少しだけ文章足したりしております。
次回、更新は夜の7時を予定しております!
以下、おまけ。
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勇人「ん~……」
真弥「どうしたの、黒井くん?」
勇人「ん、あのねぇ」
真弥「うん」
勇人「何か、さっき武器屋に入ってくの見えたんだよねぇ」
真弥「武器屋?」
勇人「そ。トワちゃん達が何か買い物してたみたいでさぁ……?」
真弥「え、え、それって……先生に言った方がいいんじゃない?」
勇人「どうなんだろうねぇ? 何もないといーんだけど……」
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