第15話 兎さんが仲間になりたそうにこっちを見ている
雪菜は目の前で、揺れるその耳に思わず、両手を伸ばす。
シルビィはまだ頭を下げたままで、エレノアはシルビィの人形のような容姿に息を飲んでいる。
この場には誰も、雪菜の行動を制すものは居なかった。
「ぴゃいっ?!」
眼前の耳を両手で、片耳ずつ包むと、雪菜はそれを手の中で、もふもふと弄ぶ。
シルビィの口から驚愕の悲鳴が上がるも、「もふい……」と感慨深そうに呟きつつ、続けた。
シルビィはふるふると身体を震わせながら、声にならない声を上げる。
(ん、やっぱり本物なんだ……)
柔らかく、手触りの良い兎耳。
雪菜は「ほー」と、ふにふにもふる。
「せ、セツナ! シルビィが大変な事になっているぞ? 耳を触るのはその辺にだな!」
「ん? ああ、ごめんなさい」
「い、い、いえぇ……」
はっとして、エレノアが雪菜を止めに入る。
雪菜は首を傾げて、シルビィに視線を向けると、頭を下げたまま、顔を真っ赤にして震えるシルビィの姿を視界が捉え、苦笑気味に手を離す。
やっと解放されたシルビィは、ズザァッと後ろに後退り、もう掴まれまい、と両手で耳を押さえた。
獣人の耳や尻尾はとても敏感であるから、当然の反応である。
「私はセツナ・クリハラ。シルビィさんにちょっと聞きたいんですけど」
「何でしょう?」
「何で私に助けを求めたんですか?」
「成り行き、でしょうか? 涼しい顔で男三人と対峙する貴女を見て、助けて頂けるような気がしまして」
シルビィの返答に、それでか、と雪菜が肩を落とし、もう少し怯えていた方が良かったのだろうか、と思案する。
「? セツナはあの伸びている三人に絡まれ、シルビィは逃げた三人に絡まれていた、て事でいいんだろうか?」
二人の会話に、エレノアが首を傾げて問う。
二人は顔を見合わせた後、「はい、そうです」と口を揃えて言った。
◆◆◆◆◆◆
あの後、雪菜はエレノアと別れて、無事に精市達と合流した。
何故か後を付いて来るシルビィと共に。
別れ際、エレノアが「本当はもう少しお前達と話していたかったが、私はそこに伸びているゴロツキ三人をギルドに連行しなければ」と、言っていた為、伸びている男達はしょっぴかれるのだろう。
雪菜のゴロツキ退治は、ギルドに報告されるらしく、それを面倒そうだと嫌がった雪菜が「これ、誰がやったかわからない事にしてくれませんか?」と聞いた所、「こいつ等が常習犯だったら、金一封貰えるかもしれないぞ?」と言われ、暫し思案の後、「あー、じゃあ今のなしで」と返す。
ゴロツキ退治で、ギルドからお咎めがない事も、質問済みだ。
先々を思案した結果、お金に負けたのである。
そうして雪菜は、「路地を抜け、左の道を行った所にセーイチ達が待ってる筈だ」とエレノアに告げられ、四人と再会。
その際に、精市達も他のゴロツキに絡まれ、そこをエレノアに助けられた事を聞く。
雪菜は「ああ、それで誰もこっちに来れなかった訳か」と納得し、エレノアには今度会った時に、もう一度きちんとお礼を言おうと決める。
シルビィについては、最初こそ雪菜の背後に隠れるようにして、精市達の様子を窺っていたのだが、叶太の気さくさと、歩夢の明るさに引き摺られ、もう打ち解け始めていた。
四人にはシルビィ自身が、自分が何故か追われていた事や、雪菜に助けを求め、助けて貰った事などを伝え、暫く同行させて欲しいとお願いしていた。
結果、精市からは「遅れた俺達が……エレノアさんに頼ってしまった俺達が言える事じゃないが、戦わない話じゃなかったかな? 大の男を相手にするのは危険だろう」とお小言を貰い、八重子からは「そんな危険な事してたの?! 大丈夫?! 怪我は?!」と心配され、歩夢からは「凄い凄い! やっぱり栗原さんって強いんだね!」と笑い掛けられ、叶太からは「いやいや、喧嘩は男がする事で女子の栗原さんがしちゃ駄目でしょ」と駄目出しを、雪菜は貰う事になる。
「人助けしたのに、解せない」とぼやいた雪菜の言葉は、誰にも届かなかった。
そして、雪菜達は今一度叶太の念話により修也達と通信。
待ち合わせをし、今こうして合流した。
「せっつなーん!」
真っ先に修也達の輪から飛び出して来たのは美夜で、両手を前につき出して、雪菜へ駆け寄る。
本日二度目の状況に雪菜は「またか」と呟いて、自分に飛び付かんとする美夜をひらりと躱す。
抱き付き攻撃を躱された美夜が、空気を抱き締めて「わととッ……!!」とたたらを踏んだ。
「ただいま、美夜」
「あ、愛が届かないっ……! じゃなくて、おかえり、せつな……ん? 誰?」
何事もなかったかのように、雪菜が笑い掛けてくるのに、美夜は釣られるように嬉々と返事をする。
そして、雪菜の側に居る見知らぬ美少女、シルビィの姿にきょとんとした表情を浮かべた。
「お人形さん系美少女」と、付け足すように呟いて。
「セツナ様、彼女は? いえ、彼女達は……貴女のお仲間の方々なんでしょうか?」
シルビィも同様にきょとんとして、首を傾げる。
「そう、仲間。と言うか、友人とクラスメイトと先生ですよ。美夜、シルビィさんの事は、今説明するから」
雪菜は美夜から「ん、分かった」と返事を聞いた後、シルビィを連れて修也の元に行く。
勿論、四人もだ。
「おかえり。お疲れ様」
修也が、五人に声を掛ける。
五人は「戻りました。お疲れ様です」と返す。
「それで……収穫を聞いてもいいか?」
「はい」
問う修也に八重子が頷き、八重子と精市の二人で道具屋とゴロツキについての経緯を語る。
その際に、「彼女は?」と首を傾げた修也に、精市がシルビィに聞いた通りの、雪菜とシルビィの話をした。
結果、雪菜は修也に「人助けを悪いと言うつもりはないが、危険に突っ込むのは頂けない」とちょっとしたお叱りを受け、美夜からは「せつなん、怪我してない?」と心配されてしまう。
雪菜は予想通りの反応に修也には「すみません」と謝罪し、美夜には「大丈夫だよ」と安心させるように返す。
そんな雪菜を他所に、シルビィは叶太により「今の会話に出てた兎さんが、シルビィさんね!」と皆に紹介された。
次いで、シルビィ自身が「わたくし、兎族のシルビィと申します。よろしくお願い致します」と名乗り、頭を下げた所、生徒達は各々目を瞬かせながら、「兎耳だ」「獣人だ」「美少女だ」「本物?」「超可愛い」と様々な反応を示し、自らも名乗る。
男子が我先にと動いた時は、歩夢が透かさず「押さないで! 順番にお願いかな?」と謎の列調整を行っていた。
「シルビィさん、でしたね。俺は遠野修也と言います。経緯は聞きました。それで、貴女はこれからどうするんですか?」
「あの、差し出がましいと存じますが……宜しければご一緒させて頂けませんか?」
修也の問いに、シルビィが怖ず怖ずと答える。
最後に、確認するように「旅の方、なのですよね?」と付け足して。
「少し話し合いたいんですが、いいですか?」
「はい……あ! 勿論、同行中足手まといになるつもりはありません。多少でしたら治癒魔法と、付与魔法が使えます!」
シルビィのだめ押しの如く、付け足された言葉に、修也が「それも考慮して話し合います」と返し、皆を一ヶ所に集める。
そして、丸く固まり、「この話、どう思う?」と修也が話を切り出す。
「俺は賛成でーす」
「高城、その理由は?」
「うさ耳美少女が側に居ると男子の士気が高まりまーす。特に俺の!」
「……はあ。次」
叶太の返答に、間を置いてから溜め息を吐くと、修也は次の意見を求める。
「俺も賛成です」
「赤坂……理由は? まさか、高城と同じじゃないだろうな?」
「違います」
修也が目を細めて問うと、精市は即座に鋭く返答する。
叶太が「即答」と思わずツッコむも、それは見事に無視された。
「俺達はこの世界を何も知りません。なら、知っている誰かに頼らなければならないのでは? もし、帰り方を探すに当たり、本当に旅をするならば、この世界の住民の助けが必要ではありませんか? 幸いな事に、今彼女自身から同行の申し出が出たのですから、飲まない手はないと思います」
淡々と語られた精市の意見に、誰もが「確かに……」と頷く。
修也も「そうだな、この世界の知識も常識もない俺達だけで生きていくのは難しいかもしれない」と、難しい表情を浮かべた。
「私も賛成です」
「今度は栗原か。理由は?」
「基本は赤坂くんと同じような感じです。私達はこの世界で無知なので、情報の補填に努めるべきかと。後は、単純に私が彼女と関わったから、と彼女を放っておいたら大変な気がするので。最後のはただの勘ですが」
精市のように淡々と語る雪菜に、修也は「女の勘か」と呟く。
女の勘ほど、厄介なものはないだろう。
何せ、この手の勘は中々当たる。
その為、あまり無下にも出来ない。
「反対意見の者はいるか?」
修也が改めて意見を問う。
一斉に皆が、互いに顔を見合わせる。
美夜と歩夢が「意義なし」と告げ、永久と正樹が「女子率増加に一票!」と言った瞬間、二人に美夜のチョップが飛び、勇人が「精ちゃんに賛成ー」と言い、南奈が「味方に出来るんなら、しといた方がいんじゃないの?」と皆に返す。
次いで、怜奈といのりが「遠野先生に従います」と告げ、真弥は「赤坂くんに同意」と頷く。
他の生徒達も同様で、「精市に同意」「うさ耳美少女とお近づきになりたい」「女の勘が怖い」「叶太に一票」と、シルビィの同行に是と答え、最後に八重子が「赤坂くんや栗原さんの意見はごもっともだと思います。なので、私も賛成します」と、修也に告げた。
「満場一致……彼女への返答は決まりだな」
修也がそう笑い掛けると、皆は力強く頷いた。
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無事にシルビィ仲間になりました!
けも耳要員(笑)
もう少しで、お試し版と同じ所まで辿り着きます。
次回更新は、日付が変わった頃に投稿を予定しております!
以下、おまけ。
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真弥「リアルうさ耳美少女とか……誰得?」
正樹「あー、男子得じゃね?」
晋也「リアルうさ耳美少女ー?!」
正樹「ほら」
真弥「……」
晋也「ひゃっはー!!」
正樹「けど、俺は晋也とは違うと言い張りたい」
真弥「……ないわー」
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