第14話 戦闘と女騎士と兎さん
「!」
両手を前に出して、自分に抱き着こうとしてきた小柄なマントに対し、雪菜は身体を横にずらす事で、それを回避する。
躱された小柄なマントは、「ぷきゅっ!」と潰れたような悲鳴を上げて、軽く壁に激突した。
(これはどういう状況? 何かに巻き込まれるパターン?)
雪菜は小柄なマントを、怪訝な表情を浮かべて見下ろす。
「そいつは嬢ちゃんの仲間かぁ?」
「貴様はその女の何だ?」
雪菜がどうしようと思案した所、三人の男とマント三人も同様に、困惑したように、そう言葉を被らせた。
そして、「は?」と顔を見合わせる。
「あ、ああ、あの?! お願いします! 助けてください!」
「それはさっき聞いたんですけど。……じゃなくて」
壁への激突から復活したらしい 小柄なマントが、必死に自分に助けを乞うてくるのに、雪菜は困惑する。
何故、丸腰の私に助けを求めようなんて思ったんだよ、と。
「まあ、何でもいい。痛い目に遭いたくなければその女をこちらに引き渡せ」
「そうだぞ、嬢ちゃん。早く金をこちらに寄越しな!」
マント三人は男達を無視する事にしたのか、話を進める、逆に男達はマント三人に便乗するように言った。
フードがなければきっと、嫌そうな顔をしているのが窺えるだろうマント三人は、ちらりと男達を見遣る。
(いや、え、ちょっ、何? 敵、増えたんだけど。出血大サービス? いや、こんなサービスいらない。こんなの願い下げなんだけど)
倍に増えた人数。
左側に男達、右側にマント三人。
それも明らかに、男達より手練れな雰囲気を纏うマント三人に顔を顰める。
そんな雪菜の様子に気付く事なく、小柄なマントは雪菜に寄り添うように、小さく縮こまっていた。
雪菜はパッと見、不利な現状に、思わず小さく息を吐く。
隣で小柄なマントが肩を跳ね上げた
「お金は上げない。私は無関係。……て、言っても無理か!」
言うが早いか、雪菜は男達に向かって駆け出す。
男達はダガーナイフを構え、マント三人が剣を抜くのが見えたが、雪菜は構わず突っ込む。
マントは無理かも、と内心で呟き、雪菜は鞄を握り締める。
そして、若干逃げ腰になった男達が振るったナイフを、小さく口ずさんだ防壁の歌声で弾き、「一人目」とその顔面に鞄を、思い切り叩き付けてノックアウト。
周囲が目を丸くして、身体を硬直させるのを横目に、素早く体勢を立て直し次へ。
「二人目」と、一人目同様にナイフを防ぎ、勢いよく相手の首元に、上段回し蹴りを食らわし、地に伏せさせる。
次いで、「三人目」と今度は横薙ぎに振られたナイフを屈む事で躱すと、そのまま足払いを掛け、体勢を崩した瞬間に顎を蹴り上げて昏倒させた。
(……攻撃は防壁の歌声で防げるから。難なくいける)
雪菜は小さく息を吐くと、素早く小柄なマントの居る壁際まで下がる。
その様は何処か、喧嘩慣れしているように見えた。
そして、地に倒れ伏した男達を、マント三人が見下ろす。
「何かのスキルか?」
剣の切っ先を雪菜に向け、マントの一人が問うた。
雪菜は何も言わずに睨む。
(高城くん達から応答もなければ、現れる気配もまだない。どうするか、これ)
雪菜が眉を潜めて思案していると、小柄なマントが「あ、あの、ごめんなさい……」と頭を垂れて、小さく謝罪する。
それに、雪菜はあー、これは見捨てたら罪悪感に駆られるやつだ、と頭を抱えて、マント達への睨みを鋭くさせた。
「……大人しく渡す気はなしか」
マントの内、一人が動く。
地を蹴り、素早く距離を縮め、小柄なマントごと雪菜を切り裂かんと、剣を振り下ろす。
「ぴきゃぁっ?!」
悲鳴を上げる小柄なマントに構わず、雪菜はその手を引き寄せ、防壁の歌声でその剣撃を防ぐ。
「歌による結界?」
マントの一人が何度か繰り返し、雪菜の張った結界に剣をぶつける。
雪菜はそれを見据えながら、どう逃げるか、と頭を悩ます。
と、唐突に脳内に声が響く。
『栗原さん! 無事?!』
叶太の声だ。
雪菜は透かさず、「無事じゃない」と返すと、叶太は焦ったよう『ごめっ、変なのに捕まって……! もう直ぐ着くから、逃げてて!』と告げ、また念話は途切れる。
それが逃げられないんだよ、と途切れた念話に向かって、雪菜はぼやいた。
そして、マントの一人がもう何度目か、剣を振りかぶった瞬間、小柄なマントを自分の背後にやると、振り下ろされた剣を防壁の歌声で引き続き弾く。
と、不意に雪菜は歌を止め、弾かれた際に出来た僅かな隙を突き相手の懐に飛び込み、勢いよく相手の────男の急所を蹴り上げた。
「ッッ?!!!」
「ごめんなさい? 暴漢に襲われたら躊躇なくやれ、と兄に言われているもので」
乾いた音を立てて、マントの一人の手から剣が滑り落ちる。
恐らくフードの中で、顔を苦痛に歪ませているだろうマントの一人は、内股になりながら、蹴られた箇所を両手で押さえた。
そのマントの一人からは、声にならない悲鳴が上がり、端から見ると少々痛ましさを感じるが、雪菜に気にした様子はない。
残りのマント二人が後ろで、生暖かい視線を向けている。
所詮小娘と油断でもしていたのか、あっさりと攻撃させてくれたマントの一人に、雪菜は吐き捨てるように告げ、落ちた剣を拾い上げた。
(……高城くん、早く。増援求む)
雪菜は悶絶するマントの一人に、追い討ちを掛けるように足払いをして石畳に転がす。
これは暫く動けないだろうと、雪菜は剣を両手で構え、切っ先を残りの二人に向ける。
残りの二人は、何も言わずに、マントの一人同様に剣を振り上げた。
「そこで何をしている?!」
そこに、突然に響いた、鋭い一喝。
剣を振り被っていた残りの二人の動きが、次の攻撃に対して、防壁の歌声を使うか、回避行動を取るか、と構えていた雪菜の動きが、綺麗にピタリと止まる。
「貴様等だな? 街中を彷徨く怪しい輩は!」
ベストとも言えるタイミングで、この路地裏に飛び込んできたのは、足と二の腕のみ露出した鎧を纏う、切り揃えられた前髪に、肩程までの白金色の髪と、美しい碧眼を持つ、若く凛々しい女騎士であった。
女騎士は剣をマントの二人に向けて、そう言い放つ。
マントの二人は、互いに顔を見合わせると、「ルイーン、白き剣の白金騎士……」と呟き、今だ悶絶するマントの一人を引き摺って、走り去った。
「覚えていろ!」と、悪役お約束の台詞を吐き捨てて。
その瞬間、雪菜は思わず吹き出し掛けてしまい、真剣なこの雰囲気を壊すまいと、堪えるように肩を震わせる。
女騎士は深追いするつもりはないらしく、マント達を黙って見送ると、雪菜達に駆け寄った。
「だ、大丈夫か?! 何処か痛いのか?! 怪我をしたのか?!」
女騎士は笑いを堪えて肩を震わす雪菜を、怯えているのと勘違いしてか、慌てて声を掛ける。
雪菜は何とか笑いを堪え、咳払いすると、「何でもないです。大丈夫です。ありがとうございました」と早口で告げた。
「そ、そうか。なら、いいんだ……ああ、私はエレノア・フィルティと言う。ギルド、白き剣所属の冒険者だ。貴女はセツナ・クリハラであっているか?」
「! 何故、そんな事を聞くんですか?」
女騎士──エレノアは安堵に肩を撫で下ろすと、思い出したように名を名乗り、雪菜の名を確認する。
それに雪菜は警戒するように、僅かに目を細めて問い返す。
エレノアはハッ、として苦笑した。
「セーイチとカナタに聞いたんだ。仲間の女性がゴロツキに襲われていると。騎士としてそれは見逃せないからな、助けに来たんだ」
「そうでしたか。ありがとうございます。私がセツナで合っていますよ」
エレノアは淡々と語る。
雪菜はエレノアが嘘を言っているようにも思えず、素直にお礼の言葉を述べると、そう肯定した。
エレノアは「無事で良かった」と笑うと、今度は雪菜の背後、小柄なマントに視線を移す。
「それで、そちらは……?」
小柄なマントは、首を傾げるエレノアに、「あ!」と声を洩らすと、慌ててフードを下ろす。
それによって露になったのは、いっそ病的なまでに白い肌に、腰までのふわふわの長い髪、真っ白な長い睫毛に彩られた大きく真っ赤な瞳、桜色の頬に、柔らかそうな林檎色の唇──正に美少女と言う言葉を体現したような、少女の姿。
その端整な顔立ちは、何処かビスクドールを思わせた。
「あ、わ、わたくし、獣人、兎族のシルビィと申します。この度は助けて頂きまして、ありがとうございましたっ……!!!!」
少女──シルビィが深々と頭を下げる。
彼女の頭上をふさふさとした長く真っ白い耳──兎耳がゆらゆらと揺れていた。
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主人公戦闘ターン!
そして、シルビィとエレノア登場です!
兎耳です、兎耳(笑)
次回、更新は夜の7時に投稿を予定しております!
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
美夜「はっ!」
いのり「ど、どうしたの、茶越さん?!」
美夜「あたしのせつなんセンサーに反応がっ?!」
いのり「えっ……?」(困惑)
美夜「せつなんが何処かで助けを求めている気がするッ……!!」
永久「いやいや、美夜さんや? どんだけ栗原さん好きなの?」
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