第10話 街を探して、道を歩いて歩いて
暗闇が広がる。
月明かりを遮断した瞼が、雪菜の視界を黒に染めて、ゆるりと眠気を誘う。
(目が覚めたら、全てが元通りだったら、きっと)
雪菜は内心で呟くと、早く寝てしまおうと、ずっと強張っていた身体から力を抜く。
今日一日で蓄積した疲労がどっと押し寄せるように、酷く身体が重くなり、倦怠感が降り落ちる。
(寝たら、魔力値も体力値も……回復、するよね)
意識は微睡み、船を漕ぎ出す。
(! 美夜?)
遠退き掛けた意識を引き戻すように、隣で横になっていた美夜が、横を向いて寝ていた雪菜の背中に擦り寄り、きゅっと服を掴んだ。
「……ったい。早く、お家に帰りたいよッ……こわい、よ」
か細く、側に居る雪菜にしか聞こえないような小さな声で呟かれた言葉に、雪菜は何も言えずに、目を閉ざしたまま、思考する。
(美夜……。ああ、あんな目に遭っても、まだ現実感が湧かないなんて……私は少し、可笑しいのだろうか)
私はまだ、この現実を見ていない、と静かに感じながら、美夜を慰める言葉も見つからず、雪菜はただ自らの手を握り締める。
僅かに爪の食い込んだ手の平が、脳へと痛みを伝達した。
「 good night. A dear child. Surely I do not watch the bad dream. 」
深く息を吸い込むと、雪菜は慰めの代わりのように、小さく子守唄を口ずさんだ。
雪菜は服を掴む美夜の力が、強まったのを感じながら、続けた。
握られたその拳の力が緩まるまで、どうか良い夢でありますように、と願いを込めて。
◆◆◆◆◆◆
「ん……」
小さく呻き、身動ぎする。
ゆさゆさと、身体が揺さぶられるのを感じながらも、雪菜の身体は言いようのない怠さに起きる事を拒絶した。
けれど、「せつなん、せつなん」「栗原さん、起きて」と美夜といのりの声が鼓膜を刺激し、雪菜はようやっと重たい瞼を持ち上げる。
「美夜……緑川さん……おはよ……」
雪菜は寝惚け眼を擦り、欠伸を噛み殺しながら、二人に朝の挨拶を告げる。
日が上っていた。
夜が明け、辺りは朝を告げるように明るくなり、真上には青い空が見える。
(私は、いつ寝たんだろう? いや、それより何でこんな……外で寝ているの?)
「おはよう」と、返事を返してくれる二人の声を聞きながら、 雪菜はまだ覚醒し切らない頭で思考する。
段々と記憶が整理され、森の一件が思い出されていく。
自分は気が付いたら、異世界(仮)の森の中に居て────。
「……! 見張りは?」
ふと、気付いた事に、一気に脳が目を覚ます。
交代制で見張りをする筈だったのに、自分は目を覚ます事なく、ずっと眠ったままだった、と思い出したのだ。
「えーと、見張りなんだけどね。森の件でせつなんが頑張ったから寝かせて置こうってなったから、大丈夫!」
「今日ももしかしたら、栗原さんの力に頼っちゃうかもしれないから、て遠野先生と中田先生が言ってたよ……?」
美夜といのりが、雪菜の問いに答える。
それに、雪菜は「そう言う事か」と納得し、自分が寝過ごした訳ではないのか、と安堵した。
「そう言う事! で、今は日が上って、もう行動出来る時間だから、て最後の見張り番だった中田先生とあたし達が皆を起こしてるんだ」
にこり、と昨日の弱々しい姿など微塵も感じさせない笑顔で、美夜が語る。
いつも通りを装う美夜の姿に、少々痛ましさを感じながらも、 雪菜は「そっか。二人共お疲れ様」と声を掛けた。
皆が無事起床し、 修也、八重子の元、街を目指して、この道を進む事になった。
後の事を考え、歩くペースはあまり早くならない程度を維持して道を進む。
その間、各々がステータスやスキルの確認を行ったり、互いのスキルやステータスをグループ内で話し合う。
まるで昨日、化物に襲われた記憶など消してしまったかのように、誰もそれに触れないように、帰れないかもしれないと言う不安を圧し殺すように、努めて明るい雰囲気で。
雪菜は美夜といのりが、自分達のスキルについて「あたしは『鑑定LV5』と『写LV3』に『茶LV10』だってー」「私は、『料理LV5』と『緑LV10』があるみたい」と語っているのを横目に、自分のステータスを確認していた。
(……ちゃんとある程度回復してる)
ステータス画面に表示された、体力値6/8と魔力値100/150 の文字に、胸を撫で下ろす。
体力値は2から6に回復し、魔力値は0から100に、しっかりと回復している。
(これで眠れば魔力値も回復できる事が分かったから……取り敢えず先生に伝えて置こうか)
雪菜は小さく息を吐く。
「栗原さん!」
「何? 山下くん」
「栗原さんのスキルって、やっぱ歌?」
「そうだけど?」
「やっぱ、そうかぁー」
永久と話していた筈の正樹が唐突に問うて来るのに対し、雪菜は目を瞬かせた後、頷く。
そんな雪菜に、正樹は「何か魔法みたいで羨ましいな! 俺なんて『送球LV6』なんて、普通過ぎるサッカーのスキルしかなかったのに……!」と、羨望の眼差しを向ける。
「栗原さん困らせんな、正樹ー」
「痛ぇ、トワ」
雪菜がさて、どう反応したらいいか、と正樹を見ていると、永久が正樹を咎めるように、その頭をチョップした。
背後からの不意打ちに気付けず、避けられなかった正樹は諸にそれを食らい、恨めしげな視線を永久へ向ける。
「何してるの……まあ、いいけど。私、先生に話があるから、ちょっと離れる」
雪菜は呆れたような視線を向け、小さく苦笑を零すと、そう告げて、先頭を行く修也の元へと小走りで向かう。
後ろから、何とも気の抜けるような声で、 「いってらしゃーい」と言う二人に、ちらりと振り返り、追加で「いってくる」と返して。
「遠野先生」
自分のステータスを確認しつつ、黙々と歩く修也を視界に捉え、雪菜は声を掛ける。
「栗原か、どうした?」
「いえ、ステータスについて一応報告して置こうかと」
「そうか、助かる」
自分のステータスから視線を外し、修也が雪菜の声に耳を傾ける。
雪菜は魔力値が0になると倦怠感に襲われる事、眠ると回復した事、魔法のようなスキルは魔力値を使用して使う事を修也に説明した。
修也自身、魔力値が気になっていたらしく、雪菜の話を聞き終えて直ぐ、「助かった」と笑って礼を告げる。
雪菜は「いえ」と短く返して、自分のグループに戻って行った。
修也はそれを何処か心配そうに見送り、近くに居た八重子に「栗原は無茶するかもしれいから、気を付けた方がいい」と耳打ちした。
そして、一同はある程度ステータスの確認を終えると、黙々と歩を進める。
たまに休憩を挟みながらも、ただ街を、人を探して歩く。
誰かが泣き事の一つでも洩らすかと思われたが、皆帰りたい一心で、ひたすらに足を動かした。
それから、一時間程歩いた所で、修也達はようやっと街を発見する。
遠目に、門と門番らしき二人の中年男性を確認し、皆は互いに顔を見合わす。
──街は見付けたけれど、どうやって入る?
何を言わずとも、皆の目はそう語っていた。
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街発見!
いよいよ、次回、街に突入です!
そして、お試し版ではカットしましたシーンが、近づいて参りました。
次回更新は、明日の夜19時を予定しております!
以下、おまけ。
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雪菜「…………」(zzZ)
美夜「せつなん、めっちゃぐっすり」
いのり「よく寝てるね」
美夜「うん……珍しいなぁ」
いのり「珍しい?」
美夜「せつなんって、修学旅行とか周りに人が居る時って眠り浅いんだよね」
いのり「あ、そうなんだ」
美夜「そーなの。よっぽど疲れてたのか……まだ寝かせといちゃ駄目かな……?」
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