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ここが夢の始まり



「全力でおいで、ティス」


 剣を構えたユーリカが、余裕を見せる。


 最初からそのつもりだった。

 全力以外に、わずかでも加減している余裕は無い。

 ただ、剣を構えて立つ。それだけでティスは威圧されていた。


 実力の差――格の差だ。


「……行きます!」


 ティスは剣の柄を握り締め、駆け出した。

 まずは正面から一撃。

 互いの刃が噛み合い、火花が散る。初撃は難なくユーリカの剣に防がれた。

 奇襲を行わなかったのは、先手を譲ってくれたユーリカに対する礼だ。


 だが、そんな礼などという考えは、ただの傲慢なのだと、返しの一撃で教えられた。


「ティス。受けるんだ」


「は? な――ッ! うわッ!?」


 ティスは、初めて空を飛んだ。

 ユーリカの振るった何気ない一撃が、受けた剣ごとティスの身体を吹き飛ばした。

 投げた手槍のように、地面と平行にティスの身体が後方へ飛んでいく。


 ザザザ、と足を着けて踏ん張り、ティスは無事に着地した。

 常識はずれの一撃だった。自分とは比べるべくも無い。


 幸い、受けた腕の痺れは一瞬で抜けた。

 ティスは気を引き締めなおす。


 剣戟では無理だ。腕力では勝てない。

 ならばどうするか。

 動きで翻弄するのみ。


「ん――良い動きをするね」


 身を低くして全速で駆け、横への跳躍を駆使して左右への揺さぶりをかける。

 山を自在に駆ける獣を捉えてきたティスの脚力は、俊敏さとなってユーリカの狙いを惑わした。


 狙うなら、今だ。

 ユーリカの意識を振り切った瞬間を見計らって、ティスは上へと跳んだ。


「剣速が遅い」


 ティスの刃は、ユーリカに届かなかった。

 寸前で軌道に差し挟まれた彼女の剣が、ティスの渾身の一撃を受けたのだ。


「ティス。男性が女性に勝てない理由を、教えてあげよう」


 瞬間、ユーリカの身体が輝いた気がした。

 ユーリカの剣が消える。


 飛びかかったティスが着地するまでの、瞬くよりも短い刹那。

 ティスは、ユーリカの剣に身体の各所を、五度『触れられた』。


 間違いない。何かが触れる感触が、ティスの脚、腕、肩、首、額を撫でた。

 それがユーリカの刃だと実感したのは、切られた自分の前髪が数本、はらり、と落ちるのを目にしたためだ。


 あろうことか、ユーリカは一瞬の間に五度、ティスの身体に刃を当て、切り裂くことなく撫でたのだ。


 腕力、瞬発力、剣技、その他の全てが卓越していた。

 ティスの力量では推し量れないほどに。


 ユーリカが剣を振りかぶり、言った。

 高く掲げられた剣が、ユーリカの身体から移った淡い光に包まれる。


「ティス。――動かないように」


 振り下ろされた剣は、大地を裂いた。


 地鳴りのような轟音とともに、着地したティスの真横に、剣が刀身の半ばまで地面に突き刺さっていた。訓練場の地面を掘り返し、剣は折れることなく地を裂いた。


 まさに、圧巻だった。

 言葉もない。

 ティスは呆然と、突き立てられた剣の隣にへたり込んだ。

 敗北だった。


「私たち女性は――創世の女神の『加護』を受けている。かつて、この世界が生まれたとき、女性は男性に力で劣り、虐げられる存在だったのだそうだ。それを哀れんだ女神が、女性に自らの力の欠片を与えたと言われている」


 地面から剣を難なく引き抜き、ユーリカは語った。

 まるで聖典をそらんじるように、朗々と、厳かに。


「女性は皆、大なり小なり加護といわれる不可思議の力で強化されている。それがない男性とでは、身体能力に大きく差があるんだ。それが、男性が女性に勝てない理由だよ」


 ユーリカが剣をしまうと同時、ミレアたちが駆け寄ってきた。

 へたり込むティスの心中を案じたシャルロットが、ためらいながらもティスの顔を覗き込む。


「大丈夫ですの、ティス? ……気に病むことはございませんわ、本気を出したユーリカは、同じ女のわたくしから見ても化け物です。だてにA級として、無数の冒険者たちの上に君臨しているわけではありませんわ」


「ユーリカの『加護』の大きさは、女の中でもとんでもねぇからな。昔、神殿騎士を辞める前はその中で一番強かったって話だ。決して、ティスが弱いわけじゃねぇよ」


 ティスが力量で上回る女性は多いだろう。

 ティスが守れる女も世の中にはたくさんいる、とミレアは慰めた。


 けれど、ティスにとっては足りなかった。

 守られる必要もないほど強く、誰かを守る目の前の女性は、誰に守られるのだろう。


 誰に支えられるのだろう?


「ティス。諦める自由もある。目指す夢もある。すべてはきみ次第だ」


「負けません……負けませんよ」


 ティスの中に、目標が生まれた。

 漠然とした、女性を守る男になる、という概念ではなく、目の前の美しい女性を守れるほどの男になりたい、という目標が。

 この神秘的な騎士を、自分に目標を与えてくれた強く、優しい女性を。

 守れるような男にすら、なれたなら。



 それは、生涯を懸けるに値する、男の夢だ。



 ティスは立ち上がり、胸を張ってユーリカに告げた。


「俺は! 貴女だって守れるような、強い男になって見せます!」


 憧憬と、敬意と、感謝と。そして、自分では気づきもしない、芽生えた淡い感情と。

 それは、ティスの、ユーリカへの挑戦と言えたかもしれない。


 ティスの本気を見て取り、ユーリカは女神のように美しく微笑んだ。


「――うん。楽しみにしているよ、ティス」


「ず、ずるいぞユーリカ! 代われ! あたしと! ちくしょーっ!」


「ユーリカ! 貴女、強さやA級の地位だけでなくティスまで手に入れますの!? 許せませんわよ、そんなの!」


 ミレアとシャルロットが何事か騒いでいた。

 けれど、ティスの耳には届いていない。


 負けた。

 土に塗れた。弱さを知った。

 ともすれば心が折れそうなほど、高い頂を見せられた。


 けれど、目指すものが見えた。

 なぜだか、祖父の笑っている顔が思い浮かんだ。

 じっちゃんは、自分に、そんな誰よりも強い男になって欲しかったのかもしれない。

 それが、祖父の教えの本当の意味だったとしたら。


 ティスは、強く決意する。

 土に塗れたここから、自分の夢は始まる。



 今日、ここが、夢の始まりだ。





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