A級冒険者ユーリカ・ノイン
「そう……お祖父さまがお亡くなりに……それで、街に……」
シャルロットが目元を拭いながら、ティスの話を聞いていた。
彼女の連れである三人の女冒険者たちも、一様に鼻をすすり上げている。
その状況を、面白く思わない者がいた。
「だぁ――ッ! 何だってお前らが、あたしらと一緒の席でメシ食ってんだよ!?」
耐えかねたように、ミレアがテーブルを叩いて叫んだ。
行儀作法を無視したその抗議に、シャルロットの鼻白んだ視線が向けられる。
「わたくしたちも依頼から戻ってきたばかりで、食事を摂っていなかったんですの。自分たちの泊まっている宿で食事することに、何か文句でも?」
「他にも席は空いてんだろ! 何だって、今日に限って相席してくるんだよ!?」
それは、とシャルロットは一瞬言いよどんだ。
手をもじつかせ、隣に座るティスに熱のこもった視線を向ける。
「わたくしに勝った殿方のことを、よく知りたいと思っただけですわ。お話を聞くのに貴女の許可が要りまして、ミレア?」
「ティスの面倒はあたしとユーリカで見るって決めてんだ! お前みたいなダメ女、こいつに近づけられるか!」
「だだだ、ダメ女とは何ですの、失礼な! 私のどこがダメだと仰いますの!?」
白熱する二人の言い争いに、ティスがふためきながら止めようとするも、傍観していたユーリカがふるふると首を振って制した。
いつものことだと言いたいのだろう。
肩身の狭そうにするティスに、シャルロットの連れの三人がおずおずと声をかけた。
「あの。私、カリタと言います。よろしくお願いします」
「私は、サリタです。シャルロット様のお家の、従者の家系なんです」
「タリタです。私たち、三姉妹なんですよ」
コノート家の三姉妹なのだと彼女らは名乗った。いくつかある、シャルロットの実家の従者の家系、その一つらしい。貴族ではなく農民の出身なのだとか。
好意を向けられ、ティスは会釈してにこりと笑顔で返した。
「はい。ティス・クラットです。皆さん、よろしくお願いしますね」
その笑顔を見て、三姉妹はお互いにきゃーきゃーと騒いでいる。
放置されてぽかんとしているティスに、ユーリカが尋ねた。
「ティス。今の腕前と言い、ゴブリンを倒していた剣技と言い、きみに武芸を教えていたお祖父さんは名のある武人だったのかい?」
「さぁ……わからないです。昔は人里で有名だったと話してましたけど、世の中でじっちゃんがどういう風に言われているのかは、一度も聞いたことがないので」
「お名前を聞いても?」
はい、とティスは答えた。
「タケル・クラットと言います」
「ミケル?」
「あ、いえ。タケルです」
「失礼。タケル・クラット……変わった名前だけど、聞いたことはないな。『通り名』の方が有名な方だったのか、在野の無名の達人だったのか……」
考え込むユーリカ。
ティスは祖父のことを知りたいという気持ちにも駆られたが、すぐに思いなおした。
祖父は祖父だ。
思い出は色褪せない。
そのうち、祖父を知る人間に会うかもしれないのだから、そのときを待てばいい。
「女性は守るもの、というのは、お祖父さんの教えかい?」
「そうです。一人前の男は、女性を守るもんだって……その言葉に憧れて、俺はずっとじいちゃんから武術を学んできました。強くなりたかったから。でも……」
ティスの語尾が淀む。申し訳無さそうに、その眉尻が落ちた。
居住まいを正し、ティスはユーリカに大きく頭を下げた。
「ごめんなさい。俺のせいで、お二人が笑いものになるなんて、思わなかったんです。人のいるところで変なことを言って、お二人の評判を落としてしまって申し訳ありません」
「構わないよ」
ユーリカの短い返事が、ティスの耳を打つ。
彼女は泰然と微笑んで、ティスに顔を上げさせた。
「確かに変わってはいるけれど、それがきみの掲げた、人生の目標なんだろう? だったら大声で言うべきだ。うつむいてはいけない。誰がきみや私たちを笑おうと、私がきみの夢を笑わないのだから問題は無いよ」
「ゆ、ユーリカさん……」
ユーリカは、ティスの目を優しく見つめ、諭すように言った。
「ティス。私は、きみの夢を笑わない」
ティスの胸の中に、言いがたい温かみが満ちる。
それは、祖父以来、初めて人から認められたという感動だったのか。ユーリカという、一人の人物の大きさに対する憧憬だったのか。
ティスには判断が付かなかった。
けれども、ユーリカの言葉にティスは嬉しさを覚え、そして背を押された。
自分の夢を勇気付けられたのだ。
食器を皿に下ろし、ユーリカが何気なく続ける。
「とは言っても、冒険者を目指す前に、自分の立ち位置を知っておいた方がいいかもしれないね。ティス、食事が終わったら私に付き合ってくれるかい?」
「え? あ、はい。わかりました。どこに行くんですか?」
「ギルドの訓練場だよ」
*******
ギルドの裏手には、広大な訓練場がある。
依頼が無いときでも冒険者が戦闘の勘を鈍らせることの無いように、達成失敗のリスクを下げるためにギルドの資金で無償整備されている。
高額な登録料と依頼の仲介料で利益を上げているだけあって、設備の使用は無料らしい。
ユーリカは受付にギルド証を見せ、ティスを訓練場に連れてきた。
「良いんですか? 冒険者でもない俺が、一緒に入っちゃっても」
「大丈夫だよ、ティス。A級というのは、それなりに優遇されててね。高額依頼を達成するから仲介料も高い。その利益の分、便宜を図ってもらえるんだ」
稼ぎ頭の分だけ待遇も良い。
そう言って、ユーリカはひょうひょうと訓練場に進んだ。
「なー、ユーリカ。本当にやんのか? そこまで無理させなくても……」
「そ、そうですわよ、ユーリカ! ティスが怪我でもしたらどうしますの!?」
付き添いでやってきたミレアやシャルロットたちが、心配げに尋ねる。
ユーリカは、ふふ、と微笑を浮かべてティスの方を向いた。
「大きな怪我はさせないよ。でも、強くなるなら多少の怪我は大丈夫だよね?」
「はい! 大丈夫です、覚悟の上です!」
ティスの意気込みを確認し、ユーリカは満足そうにうなずいた。
荷物を闘技場の端に置くように指示し、ミレアたちはそこから動かずに手出ししないようにと念を押す。
訓練場の中央に二人で進み、ユーリカは言った。
「ティス。きみには私と戦ってもらう。自分がどういう夢を持っているのか、きみが本当に女性を守れる男になれるのか、これはその試練だ」
「はい、お願いします!」
礼を交わし、互いに剣を抜く。
対峙する最中、ユーリカの空気が変わった。
彼女の口が静かに動く。
「ティス。――まずは、女性の本当の強さを知りなさい」
ティスは剣を構えたまま、思わず息を呑んだ。
そこには、神秘的な空気をまとっていた、ユーリカという優しい女性の姿は無い。
未だかつて少年の体験したことの無い、無双の剣気を放つ、剣士がいた。
A級冒険者、ユーリカ・ノインという最強の剣士が、ティスの前に立ちはだかっていた。