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お嬢様冒険者を押し倒せ!

 二人の泊まる宿は、対して大きくもない宿屋だった。

 民家の倍ほどの敷地に、三階建て。

 宿屋としては小さい方だと言う。

 けれど、食事が美味く主人の人柄が良いので、ここに泊まっているそうだ。


 一階が食堂兼酒場になっており、広くはないが、常連客の多い店だという。


「おばちゃーん、帰ったぜ! おっちゃんの料理食わせてくれ!」


 ミレアは両開きの扉を勢いよく開けて、中に入っていった。

 ティスとユーリカも続く。

 店内は、二人の言うほどには繁盛していなかった。

 昼の食事時を過ぎているせいもあり、ほとんどが空席だ。


「あ……あれ? どうした、おばちゃん。何でこんなに客が少ないんだ?」


「ああ、ミレア。お帰り。――すまないねぇ、うちの旦那が昨日、腕を折っちゃったんだよ。今日からしばらく料理は出せないんだ」


「何だって!?」


 ミレアは竹馬の友に裏切られたような、悲しみに包まれた顔をした。

 この宿はやはりというか、女主人が切り盛りしているらしい。

 夫は奥で料理を作り、女主人が客をあしらう。その料理がまた絶品だったのだそうだ。


 ところが、夫が部屋の清掃中、宿の階段から落ちて腕を折ったという。

 後遺症の残る傷ではないが、治るまで鍋を振るうことはできなかった。


「パンやチーズ、あたしの作ったスープくらいならあるんだけどね」

「そんなぁ……楽しみにしてたのによぅ」


 がっくりと肩を落とすミレア。

 三人はやむなく、今出るメニューと酒を注文して、腹を満たすことにした。

 食卓にはどことなく侘びしさが漂う。


「はぁー……ツイてねぇぜ。せっかく、おっちゃんの肉料理や魚料理をティスに食べさせてやろうと思ったのによ」


「いえ、気にしないでください、ミレアさん。食事をいただけるだけでも嬉しいです。このスープも美味しいですし、他の人が作った料理が食べられるだけで」


「そう言えば、ティス。きみの料理の腕前はどれほどなんだい? それ次第では、女将さんに頼んでここで働くと言うのも――」


 侘びしいながらも食事を囲んで話を交わす三人。

 そこに、声をかけてくる者がいた。



「あら! 誰かと思えば、さっきギルドの受付で、とんでもない笑い事を仰ってた男性ではございませんの!」



 大声で揶揄する声に、三人は食堂の入り口を振り返った。

 入り口には、四人の女がいた。全員が武装した、冒険者のようだ。

 集団を率いているらしき、先頭の女が、ティスたちを見て高笑いしていた。


「何でも女性を守る男になるんですって? おほほ! ユーリカ、ミレア、貴方たち、男性に守られるほどに弱くおなりでしたの!?」


 ドレスのような意匠の服に、革の防具。

 年のころはティスと同じくらいか、細身で整った顔をした、金の巻き毛を垂らした高飛車な態度の女だった。


「ちっ、貴族崩れのシャルロットか。嫌な奴が来やがった……相変わらず動きづらそうな格好してんな」


「崩れではありませんわ、ミレア! わたくしはれっきとした貴族ですわよ!」


「下級貴族の、それも四女だろうが! 見合い相手も見つからずに食い詰めて冒険者やってるくせに、何言ってやがる、C級!」


「相手にしない方がいい、ミレア。悲しいことを考えると、空が曇るよ」


 ひょうひょうと流すユーリカ。

 二人を挑発するように、シャルロットと呼ばれた巻き毛の女冒険者は、テーブルの傍までやってきて高笑いを挙げた。


「おほほ! 冒険者でもない男に守られる女は、やはり言うことが違いますわね! A級陥落も近いんじゃありませんこと? 弱いというのは残酷ですわね、ユーリカ!」


「てめぇ……!」


 ミレアがシャルロットを睨みつける。

 と、その横で立ち上がった者がいた。

 ティスだ。


「取り消してください、シャルロットさん」


 ティスは席から立ち上がり、高慢に二人を見下すシャルロットを毅然と見据えた。


「あら? 冒険者にもなれなかった男性が、わたくしに何か?」


「二人は弱くないです。俺は、二人に命を救われました。二人を馬鹿にするような物言いはやめてください」


「ふふ、可憐な男騎士様に怒られてしまったわ。頼もしいわね、ユーリカ、ミレア!」


 もはや我慢ならんと業を煮やすミレア。

 その怒気を察して、ティスは手で制した。

 彼女は口で何を言っても聞かないだろう。と、笑うシャルロットを見やり、


「女性と戦いたくはないです。でも、俺が貴女に勝ったら、二人に謝っていただけますか」


「あなたが? 私に勝つですって? ……面白いことを仰いますわね」


 プライドに触ったのか、シャルロットの眉間に青筋が浮かぶ。

 視線を剣呑に歪ませるシャルロットに、ティスは平然と歩み寄った。


「俺も、二人も、弱くない」


「痛い目に合わないとわからないのかしら……安心なさい、斬りはせず、打ち据えるだけで済ませて……あげますわっ!」


 シャルロットが剣を抜いた。言葉から、剣の腹で殴打する気だろう。

 食卓についていた二人が、腰を浮かすのがわかった。


 けれど、ティスは落ち着いていた。

 ユーリカとミレアの介入を求めるまでもない。

 自分に向かって振り下ろされる長剣の軌道を、ティスは冷静に予測していた。


 シャルロットが振りかぶると同時、瞬時に歩を進めてその懐に入り込む。

 剣の柄を下から掌底で突き上げると、握りが緩んだ。

 同時に軽い足払いをかける。


 重心が崩れ、一瞬身体の流れたシャルロットの手を取り、ティスはシャルロットの身体を投げ飛ばした。


「――!?」


 シャルロットやその連れだけでなく、ユーリカとミレアも驚いているのがわかった。


 シャルロットの身体が、くるりとその場で宙を舞う。

 ばさり、と彼女のスカートが大きくたなびき、純白の下着とガーターをあらわにした。

 合気道――

 ティスが祖父に仕込まれた武芸の、ほんの一端だ。

 だが、その武術を概念的に知りもしないシャルロットは、未知の技術を前になすすべなく地に転がされた。

 手に持っていた長剣が離れ、床をすべる。


 床に倒れたシャルロットの空手をひねり上げ、ティスは彼女の身体を背後から、うつ伏せに押し倒した。

 右手はしっかりと関節を極めている。無理に動かせば腕が折れるだろう。


「く!? うぅ! ううぅ――っ!?」


 瞬く間。ほんの一瞬の出来事だった。

 ティスは、剣を抜いたシャルロットを、次の瞬間には組み伏せていた。

 どれだけもがこうとシャルロットが右腕の極め技を抜け出すことはできず、もがけばもがくほど、関節を捉えられた痛みにうめき声をあげた。

 勝負は決した。


 シャルロットの細い身体を押し倒して制圧し、彼女の背越しに顔を寄せる。

 ティスは一言、短く告げた。



「俺の勝ちです。――二人に謝ってください」





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