ギルドに行こう
煉瓦と漆喰で作られた建物の中を進む。
木材で立てられた家もあったが、どちらも背が高かった。
二階建て、三階建ては当たり前だった。森とは違った、空の狭さを感じる。
ティスたち三人は、煉瓦で作られた一際大きな建物の前にやってきた。
「ここが冒険者ギルドだよ。あたしらはここで、仕事を請けたり狩りの成果を報告して報酬をもらったりするんだ」
「ゴブリンの集落討伐の報告をしなければいけない。ティスにとっては詰まらないと思うけれど、仕事を頼む側になるかもしれないからね。見ておくといい」
ミレアとユーリカがそれぞれティスに教え、三人は中に入る。
一階は吹き抜けになっていた。
広い待合室のような椅子が並び、奥の半分はカウンターで区切られている。
カウンターには何人も受付の職員が座っており、男女の比率は半々ほどだった。
客の空いていた、女性職員の窓口に進んでミレアたちは狩りの報告をする。
ずるり、とユーリカが皮袋からヒモで連ねた大量の耳を取り出した。
「間違いなくゴブリンの耳ですね。量から、集落を駆逐したと判断いたします。お二人とも、お疲れ様でした。……上位種は、混ざってましたか?」
「領主が一体と、騎手が五体いた。騎獣の毛皮も剥いできたが、買い取ってもらえるかな?」
「かしこまりました」
ユーリカが、荷袋から毛皮を引きずり出す。狼の毛皮に似ていた。
ゴブリン騎手はゴブリンの上位種で、飼い慣らした獣に騎乗して戦う。
機動力があり厄介な相手だ。
だが、ユーリカたちは意に介していないようだ。彼女たちにとっては強敵ではないのだろう。
受付の女性は毛皮と耳を引き取り、数を数えて紙に数字を書き込んで計算していた。
「量が多いので、毛皮の売値も含めて大銀貨九枚と銀貨六枚になります」
「わかった。それで良い」
ユーリカが報酬を受け取る横で、ミレアに貨幣の価値を教えてもらう。
貨幣には銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の六種があるとミレアが教えた。
それぞれ十枚で上位の貨幣と同じ価値を持つ。
金貨が三枚もあれば、四人家族が一月は裕福に暮らせる。
彼女たちは二人がかりとは言え、一人が一月暮らしていけるだけの仕事を一度で稼いでいるわけだから、かなりの高給取りと言える。
武芸を仕込まれていたティスは、カウンターに詰め寄った。
「あの、俺も冒険者になることはできるでしょうか?」
「はい? 男性の冒険者、ですか……構いませんけど、危険は大きいですよ。お二人はA級ということで、ギルド内でもトップクラスの実力をお持ちです。お客様の実力は存じませんが、同じように稼げるとは考えない方がよろしいかと」
「ティスよぉ。わざわざ冒険者にならなくても、男だったら安全に暮らしていける仕事もたくさんあるんだぜ?」
心配げに忠告するミレア。
ティスは、拳を握り締め、決然と言った。
「ぼくは、強くなりたいんです! 女性を、お二人を守れるくらいに!」
あまりに身の程を知らない高望みに、受付嬢は笑うより先に驚いていた。
言葉を失い呆気に取られているのは、ミレアとユーリカも同じだ。
やがて、ティスの本気を見て取った受付嬢は、うろたえながらも、自分の務めを冷静にこなした。
不謹慎な態度を取らずに真面目に受け答えた点は、職員の鑑と言えるだろう。
「わ、わかりました。――では、登録料は金貨一枚となります」
無一文のティスに、その金額が払えるはずもなかった。
*******
うなだれ、表通りをとぼとぼと歩くティスの背を、ミレアが叩く。
「げ、元気出せよ、ティス! まずは普通の働き口を見つけりゃいいじゃないか!」
「ティスは、何ができるんだい?」
ユーリカはひょうひょうと尋ねた。
関心の無いように見えるが、尋ねる声にティスを案じる色が混じっている。
「そうですね。家事と武芸、狩りや釣りとその始末は全部一通りできます。後は、じっちゃんから読み書きや色々な勉強を教わりました」
「読み書きできるのか。なら仕事は多いぜ。ちなみに、勉強ってどんなんだ?」
「物事の成り立ちとか、変化とか……じっちゃんは、『科学』って呼んでましたね」
カガク? と二人は目を瞬かせる。
どうにも話が伝わっていないような気がするが、ティスとしても何が伝わって何が伝わらなかったのかがわからない。
祖父の授けてくれた知識は体系化されていたが、ティスにとってはそれは常識であり、世間の常識とどう違うのかがわからないため、うまく説明できなかった。
まずは、街の、この世界の常識を学ぶ必要がありそうだった。
「家事に狩り、釣り、読み書きに学識か。それだけ修めていれば、一人でも生きていけそうだね。……っと、すまない。実際に一人なんだったな。忘れてくれ」
「ま、まぁ、とりあえずはメシでも食いに行こうぜ! あたしらの宿には食堂があってさ、これが美味いメシを出すんだ。ティスの分もおごるからさ!」
確かに。戦闘を経て、ティスは空腹だった。
保存食も持ってきてはいるが、まともな食事が摂れるに越したことはない。
「ありがとうございます。でも……なんで、そんなに俺によくしてくれるんですか?」
「何でって……そりゃ。その」
「まぁ、縁というものだよ。私たちが気になるから、好きでやってるんだ。気にしなくていいさ」
ユーリカの気負いない言葉に、ティスは深く頭を下げた。
人の社会の常識に欠けるティスだ。
この二人と出会わなければ、街に入ることすらできなかっただろう。
と、ユーリカとミレアは、ティスに聞こえないようにぼそぼそと、小声で何かを話し合っていた。
「……顔も性格も良いし、一人で放っておくと、誰かに唆されて裏路地で襲われてもおかしくないからね」
「……女を守りたい、なんて言ってる辺り、変なダメ女に引っかかりそうで怖ぇよ。せめて生活が成り立つくらいまでは、あたしらが面倒見た方が良さそうだ。ろくでもないゴロツキ女に食い物にされたんじゃ、後悔してもしきれねぇよ」
その相談はティスには届いていない。
ティスは二人の厚意に感謝しながらも、まるで自分の状況を理解できず、首をかしげるばかりだった。
何を話してるのかな、と。
その無垢で天然な様子に、ユーリカとミレアの女二人は、先行きを思って、はぁ、とため息を漏らすのだった。