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決意は静かに


「残念だが、ユーリカ。その進言を聞くわけにはいかない」


 ユーリカの意見は却下された。


 理由としては、魔族も召喚魔術もどちらも滅び絶え、伝承のものに過ぎないということ。

 そのどちらもが揃って目の前に迫っているという可能性は髪一筋より細い。

 それよりは都市に篭城する防衛戦の抑えとしてA級冒険者を運用した方が危険が少ない。


 ユーリカは理由無き凶種(モンスター)大暴走(スタンピード)の原因として再三念を押したが、二人をよく思わない『天駆』アーランディールたちの失笑を買い、妄言と笑われるばかりだった。


 その後はクランの防衛の割り振りを決め、予備戦力となるA級冒険者たちがその指揮を執りながら後方にて待機する、という配置を決めるために話し合った。


 ミレアは頭の固いメンバーに憤りを覚えながらも、自分たちの呈する可能性の薄さに強弁を押し通せないでいた。杞憂だ、と笑う者の気持ちも分かる。


 隣のユーリカを見てみると、彼女は無言ながら、組んだ腕が服を強く握り締めていた。

 たとえ僅かだとしても、妄想と切り捨てるには危険すぎる可能性だからだ。


 しかし、現実に迫るのは多数の凶種の群れだ。

 A級冒険者が街の守りを捨てて撃って出るならば、その分住民や他の冒険者の危険が増す。黒幕の魔族の存在は可能性に過ぎなくとも、迫り来る凶種は喫緊の現実だ。


「A級冒険者たちの存在は戦線を支える《クラン》の精神的な支柱だ。後方に控えて直接指揮を取るかどうかで、冒険者たちのいざというときの心構えや粘りようも変わってくる。遠い最前線に出すわけにはいかん、わかってくれ、ユーリカ、ミレア」


 無理を圧してギルドに戦力を割け、とは二人はどうしても口に出来なかった。


 その日の話し合いは、防衛を主な方針として進められ、終わった。



*******



「あ、お帰りなさい! ユーリカさん、ミ……レア、さん……?」


 二人が銀輪亭に帰りついたとき、昼食の客はすでに去っていた。

 客のいない食堂で清掃をしていたティスは、二人の沈んだ空気を目にして驚きの声を上げた。


 ユーリカとミレアは戸惑うティスに返事を返さず、ただ食事を注文した。

 二人の様子にただならぬものを感じながらも、ティスは注文を厨房に伝える。


 ただ一組残っていたシャルロットたち主従が、茶と茶菓子を口にしながら、冷静な視線を二人に向けた。


「その様子だと、あまり良い話ではなかったようですわね、ユーリカ」


「そうだね、シャルロット。もうすぐ凶種の大暴走がこの街を襲う。確定事項だと言ってもいい」


「テムノットの《クラン》が確認した。今はまだ大丈夫だけどよ、もうすぐ警戒態勢が敷かれる。お前らも防衛戦に召集されるぜ、シャルロット」


 いち早く情報を掴んでいたシャルロットは、とうに覚悟を済ませた息を吐いた。


「わたくしたちはC級ですもの。上の指揮に従って走り回るだけですわ。この都市の外壁も堅固ですし、領主軍と連携して篭城するなら危険は少ないでしょう」


 従者であるコノート三姉妹も、主人の意見に従うようにうなずいた。

 そこに怯えはなく、中位冒険者としての日常的な心構えがある。


 ユーリカとミレアもまた、シャルロットの実力を低く見積もるつもりはなかった。

 シャルロットは貴族だが、集団戦では功名心に我を見失うことはなく、従者を総べる指揮官の視線と冷静さを持っている。想定外の事態に遭わなければ、状況判断にもそつがない。遠くないうちに、B級として指揮をする側に上がるだろう。

 無謀な突撃の心配がなく、誰よりも生き延びやすい、安心できる人材だと言えた。


「ユーリカとミレアは、いつものように遊撃戦力として控えに回るのでしょう? まぁ、A級が出るまでもない事態なら、また暇になるのでしょうけど。でも、今回はティスがいるから、守りながら経験を積ませるのかしら?」


「いや、私たちは別の仕事がある」


 ユーリカの一言に、シャルロットは意外そうな目を向けた。

 彼女らの戦力はこの都市最強といって差し支えないが、他の冒険者たちの、集団の戦力も馬鹿にしたものではない。《クラン》を持たず指揮を執ることのない彼女らの出番が、初めから用意されているとは思えなかった。


「そうなんですの? 珍しいですわね」


「まぁな。だから、ティスのことは頼んでおくぜ。とりあえず、実力はそこらの冒険者にゃ負けねーと思うが、まぁ、初の集団戦だ。右往左往しねぇように見ててやってくれよ、シャルロット」


「あらまぁ! 俄然やる気が湧いてまいりましたわ! 大暴走(スタンピード)の討伐はギルド総出ですから、すべての級に動員がかかりますものね! ティスと一緒に過ごせるなら、この大仕事も悪くはないですわぁ!」


 シャルロットだけでなく、コノート三姉妹も同様にはしゃぎ始めた。

 普段はわずかな機会を主人に独占されて、長時間お近づきになれていない三人だ。華やかな男性と一緒に、親密に行動できるというだけで、苦労も吹き飛ぶ勢いである。


 その和やかな様子を見つめ、ユーリカとミレアは表情を緩めた。


 そこに、ティスが二人の昼食を持ってやってくる。


「お待たせしました! ……? 何だか楽しそうですね、皆さん?」


 にこにこと、不安の払拭された顔でティスが皿を並べる。

 その横顔に、ユーリカは目元を緩めながら、静かに尋ねた。


「ティス。この街は、好きかい?」


 ティスは突然の質問に一瞬目を丸めたが、返答は早かった。


「はい! シャルロットさんを始め、皆さんいい人ばかりですし。それに――」


 ティスはユーリカとミレアに屈託のない笑みを向け、言い切る。


「お二人のいるこの街が、大好きです!」


「そうか。嬉しいよ」


 ユーリカはにこりと、満足そうに笑った。

 隣ではミレアが頬を赤らめながら、そっぽを向いている。


「面と向かって言われると、照れちまうなァ。でもま、悪くねぇか」


「うん、そうだね。悪くない」


 二人ははにかむように、静かに笑顔を浮かべていた。

 ティスは、二人の間に何かしらの無言のやり取りが交わされたように感じて、小首をかしげた。

 けれども、ユーリカとミレアは、それっきり何も言わずに、食事を摂り始めた。


 悪くない。

 二人は、同時にそう思った。少年の笑顔を見て。



 ――命を懸けるには、悪くない理由だ。



*******



 それから十日後のこと。

 ティスの住んでいた山とは逆方面の、国境側の平原に、異変が起こった。

 はるか彼方、目視できる限界の地平に蠢動(しゅんどう)する群れが近づいている。


 その日、領主軍及びギルドに所属する交易都市の冒険者に、一斉召集がかかった。




 防衛都市を壊滅させた凶種の大暴走が、この都市に迫っていた。






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