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街に入れば



 初めて見る街は、巨大だった。

 見上げるほどの外壁に覆われ、衛兵が入り口の門に立っていた。


「これが交易都市、トマクの街だぜ」


 ミレアが語る街の説明は、初めて見るものの衝撃に魂を奪われた、ティスの耳には届いていなかった。


 ミレアの背から降ろしてもらい、入市の列に並ぶ。

 時間は昼を過ぎている。

 行商人の数も少なく、受付までの待ち時間は短くて済んだ。


「市民証を見せて」

「ほいよ、ギルドカード。あたしら冒険者だよ」

「はい。二人とも確かに」


 二人の差し出す札を見て、衛兵がうなずく。

 視線がティスに向いた。


「そちらの連れは?」

「――あ、忘れてた。ティス、金持ってるか?」


 ミレアとユーリカが、ティスを見る。

 ティスは目を瞬かせた。

 金。祖父が、たまに長期間留守にしていたときに持ち出していたものだ。


 山の中の小屋からは、最低限の道具しか持ってこなかったものだから、持ち出すのを忘れてしまった。


「すみません、持ってないです。……そんなに、重要なものだったんですか」


「市民証かギルドカードを提示できないなら、中に入るには銀貨一枚よ」


 困り果てるティスの前に、ユーリカが無言で手を差し出した。

 その手には、銀色に輝く貨幣が一枚。


「これも一つの縁だ、私が払おう。困っている男性を見るのは忍びない」


「あ、ずるい! あたしが払おうと思ったのに!」


 衛兵はユーリカから銀貨を受け取ると、門の内側へと三人を促した。

 街に入る中、平然と進むユーリカに向けて、ティスは大きく頭を下げる。


「ありがとうございます、ユーリカさん! すみません、きっとお返ししますから!」


「気にしなくて良いよ、ティス。いつか、めぐり巡って返ってくることもあるさ」


「くぅ、すかしやがって……! その役目はあたしがやるはずだったのに!」


 なぜだか悔しそうに歯噛みするミレアを置いて、三人はトマクの街に入る。


 ティスにとって、そこは異世界だった。

 周りを見渡せど、人、人、人。

 自然はなく視界は建物に満ち、今まで祖父しか知らなかった彼の目に、無数の行き交う人々が映る。


 ユーリカやミレアと同じく、ほとんどが胸の膨らんだ人だった。

 すべて女性なのだろう。さっきの衛兵も女性だった。

 自分と同じ男も見かけたが、あまり数はいなかった。


「女性が多いんですね……」


「……? そりゃ、女が働かなくてどうすんだよ。男が外に出るなんて稀だぜ?」


 ミレアの何気ない言葉に、ティスは衝撃を受けた。

 女が働きに出て、男が家の仕事をする。

 聞いていた話と逆だ。


「え? で、でも、ミレアさん。女性って、男性が守って、日々の糧を食べさせて行く存在なんですよね……?」


「何だそりゃ、どこのヒモだ? 確かにそんな暮らしなら楽だろうけどよ、周りに笑われちまうぜ、そんなの」


 話が噛みあわない。

 祖父の話とまるで違う。

 女性は柔らかい。女性は可愛い。だから、女性は男が守っていくもの。


 そう教えられて育ったティスの常識と、真逆のことをユーリカが告げた。



「ティス。普通は、女性が男性を守るものだよ。……女性の方が強いんだから」



 ――どういうことだよ、じっちゃん!?


 ティスは愕然とした表情で、内心で叫んでいた。声に出さなかったのは、単にその余裕も無かったからだ。

 ふらり、と足元がよろめく。

 自分のよりどころが砕け散り、ティスは街の石畳の上にひざを突いた。


「ど、どーしたティス! 気分が悪いか!? やっぱり怪我が痛むのか!?」


「男……男が、女に守られる……守るんじゃなくて……」


 心配そうに顔を覗き込んでくるミレア。

 ティスは切羽詰った顔を上げて、その両肩を掴んだ。


「ミレアさん! 男って何ですか!?」

「守るもの」


「女性って何ですか!?」

「強いもの」


「男が女を守ることについて、どう思いますか!?」

「やだなぁ、笑わせんなよ」


 泣きたかった。

 あっけらかんと悪意無く口にするミレアの口調が、冗談でもなんでもない、この世の常識なのだと物語っていた。


 この二人に命を救われた。だから、この二人が強いことは知っている。

 けれど、まさか、女性が男性より強いことが常識だとは。


 ――これじゃ、女性を守れる、一人前の男になんかなれないじゃないか!


 ティスが山を降りるために抱いた、人生の目標そのものが崩壊しようとしていた。

 どういうことだ。じっちゃんは俺にウソを教えたのか?

 そんな考えがよぎる。


 いや、違う。

 ティスは涙ぐみながらも、自分を負ぶってくれたミレアの背を思い出した。

 いい匂いがした。

 祖父のように、家族のように、心の安らぐ背中だった。

 夢うつつの中で触れた感触は、柔らかかった。


 あれが「女性」というものなら。

 ティスは守りたいと思ったし、守らなければいけないものだと思った。


「ティス? どうしたんだい、何か、悲しいことでもあったのかい?」


「負けませんよ、ユーリカさん……俺は、負けません!」


 だから、ティスは立ち上がった。

 この日のために鍛えた腕を天に掲げて、彼は誓った。



「俺は、この街で! 女性を守れる男になってみせますッ!」



 その宣言を、ユーリカとミレアは、ぽかん、と見つめていた。





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