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滲み出る者



 それは、歴史の闇に消えた物語。


 天地を分かち、この世界を切り開いたのは創世の女神。

 女神の生み出した世界には様々な生命が溢れた。

 生命の収斂の中で、いつしか『ヒト』と呼ばれる種族が生まれていった。


 人間族。獣人族。精霊族。妖精族。


 そして、魔族。


 (くら)き淀みから生まれ宵闇の中を歩くこの種族には、掲げる神がいた。

 始まりの英雄の一人、『混沌』テルポネイア。

 後にそれぞれの種族から神と崇められる、四柱の始祖英雄が一柱である。


 この世すべての怪奇を煮詰めた魔性、と呼ばれた、かつて生命だった概念だ。

 この神の名は、創世の女神以外に唯一力を持った存在として伝えられる。

 女神の『加護』を膨らませる『呪い』という名の能力を庇護する種族に与えたのだ。


 未知と恐れを振るい、畏怖を司ったこの概念は、未開の暗黒時代に君臨した。

 魔族とくくられ加護を強化された無数の種族たちは、四大種族たちに牙を向けた。強者が弱者を食らう、自然の摂理そのままに。


 長い歴史の中で、抗う四大種族と、他の種族との戦いは激化していった。

 だが、滅びたのは魔族の方だった。


 地の利を活かし、爪も牙も無くとも『剣』という戦に特化した武器を生み出し、個ではなく集団として団結した人族が、魔族たちの指導者を討ったのだ。


 それは、太古の昔、唯一忘れ去られし人間族の始祖英雄『無貌』――またの名を『誰の記憶にも残らぬ者』が魔性テルポネイアを討った歴史の繰り返しとも言える。


 魔族は淘汰され、ヒトの社会から消え去った。


 そのはずだった。



*******



 防衛都市キャスラック。


 他国から国内へと至る玄関口でありながら、有事の際には国境を守る防衛の要となるこの大都市には、虐殺が満ちていた。


 地平を満たす凶種(モンスター)の大群に呑み込まれ、兵力の壊滅したこの都市では、外壁を乗り越えて進入した凶種たちが逃げ遅れた市民を蹂躙していた。


 犯し、潰し、殺し、食らう。


 都市内の至るところに、凶種が住民の肉を貪る様が見られた。

 別の場所ではオークのメスがまだ幼い少年を犯し、その隣では腕を千切られた女冒険者がうつろな目で、ゴブリンたちにその身体を貫かれていた。


 人間も獣人も、ヒトの形をしたものが汚されていく中で、唯一凶種たちに襲われていない存在がいた。


 灰色の肌に、赤い瞳。身体のそこかしこに、岩のような平たい結晶が肌を破って露出している。見る人間が見れば、ロックゴーレムと人の合いの子かと思うだろう。

 口元には肉食の魚のような細かく鋭い牙が並び、頬の内肉を傷つけて口の端から血を滴らせている。


 その存在は、女だった。

 彼女は近場に倒れた住民に歩み寄り、見下ろした。

 四肢を失い這いずるその住人は、まだ息がある。

 女が手を構えると、その爪先がびきりと刃のように鋭く伸びた。手も節くれだち、オーガのように太くごつごつと膨れ上がっている。


 彼女は、その鋭い爪を、虫の息の住人に突き立てた。

 心臓を抉り、ぐちゃりとかき回す。血を吸った彼女の手が脈動し、黒い輝きを放つ。

 住人は苦悶の叫び声を上げ、すぐさま息絶えた。


 引き抜かれた彼女の手には、小さな結晶が握られていた。

 魔石だ。


 人の命を魔石に変える。魔石を『加護』に変え、凶種として無尽蔵に命を呼び出す。


 それが彼女の持つ力だった。

 魔術、と呼ばれる『加護』の起こす不可思議。

 畏怖から生まれる『呪い』の混じり合った昏き祝福。


 たった一人で軍を生み出す、人の社会に垂らされた、人類を滅ぼす一滴の猛毒。

 彼女は、空を見上げつぶやいた。


「――十万億土を焦土に変えて、我ら魔族を呼び戻す受け皿を作る」


 空は晴れ晴れと澄み渡っていた。

 燦々と照りつける恵みの太陽に向けて、彼女は微笑んだ。

 ずらり、と並んだ牙を除かせて。


「三千世界の人々を皆殺せば、芽吹く命もあるだろう。幾千万の命を贄に、テルポネイアの福音はもう一度響き渡る。我らが生き残るは、このときのため。我ら暗がりに潜む屍は、焦土に咲いて幾多の血を吸い華となる」


 その目に映るのは、晴天に照らされた狂気。

 阿鼻叫喚の地平に降りる、信仰の黒き希望である。


「新たな命充ち満ちるとき、テルポネイアを讃える声が鳴り響く。なればそれは神への呼び声なりて、神の蘇るとき。神は死なず、語る者が途絶えたのみ。神が死なぬならば――」


 にぃ、と彼女は笑った。



「我ら魔族は、滅びず」



*******



 銀輪亭に借りた私室で、ユーリカは剣の手入れをしていた。


 日の落ちた室内で、ランプの小さな灯りを返して刀身が煌く。

 その輝きを、ユーリカは黙して見つめていた。

 捧げる者も無き剣を。


 ふと、ユーリカの部屋の扉を叩く音がした。


 彼女が振り向くと、部屋の扉は開いていた。

 閉め忘れた扉が、自然に開いていたのだろう。


 そこには、ミレアが立っていた。

 開いた扉に寄りかかり、後ろ手に扉を叩いていた。


「やっぱり来たぜ、ユーリカ」


 ミレアはその手に、二通の書状を持っていた。

 内容は同じものだろう。

 ミレア宛てのものと、自分宛てのものだ。

 A級冒険者たちに召集がかかったに違いない。


 二人を除く各自が兵力たる《クラン》を独自に抱え、個々が衛兵隊や領主軍を凌ぐ最高戦力として数えられる、幾千の冒険者たちの最上位。

 頂点である、七人の最強。


 ユーリカは小さくうなずいた。


 ミレアが書状のうち片方を、投げてよこす。

 器用に受け取るユーリカに、ミレアは刃のように硬い声音で告げた。




「ギルドからの召喚状だ」






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