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彼女たちとの出会い



 剣を持つ彼女に問われ、ティスは朦朧(もうろう)とする意識の中で答えた。


「……街へ……行こうと、していたんです……」


「街ぃ? 何だよ、それならあたしらが――」


 角を生やした小柄な少女が、自慢げに何かを言いかけた。


 けれど、その言葉を最後まで聞くことができなかった。

 雨と戦いに体力を削られ、腹部を殴られた痛みに、ティスは意識を手放した。


「あ、おい! しっかりしろよ、兄ちゃん――」


 柔らかい手が、頬に触れた。そんな気がした。



*******



 揺られている。誰かの背だ。

 それだけ感じ、ティスの意識がおぼろげに浮かぶ。


 誰かに負ぶさられていると、幼い頃に背負われた祖父の背中を思い出す。

 相手の肩から向こうに回した手が、ふにゃん、と何かに触れた。途中から革の感触に包まれているけれど、柔らかい。

 胸だろうか?

 祖父の胸は、こんなに柔らかくなかったような気がする。

 いい匂いがする。

 薄く目を開けると、ハチミツのような甘い匂いのする髪が、目の前にあった。


「お、気が付いたか?」


「あ、俺――」


 ハチミツ色の髪の横に、蜥蜴(リザード)の上位種のような、後ろ向きの角が生えている。

 子どもみたいに甲高い声の、自分を助けてくれた女性の一人だ。

 その背に負ぶわれていることに気づくと、ティスは慌てた。


 少女はからからと笑い、何事もなく背を揺らしてティスを背負いなおす。


「もうすぐ街に着くぜ。何であんな山の中にいたのか知らねーけどさ、一人でがんばりすぎだよ。良いからそのまま休んでな!」


「そんな、悪いですよ! 重いでしょ? 大丈夫です、一人で歩けますから!」


「気にすることは無い……男を守るのは女の務めだよ、少年」


 声をかけられ、ティスは隣を振り返る。少女の後ろを護衛するように、やや遅れて隣にもう一人の女性が歩いていた。


 長い長い黒髪の、神秘的な女性だった。

 剣士か騎士か、局所しか覆っていない少女と違い、全身を革鎧で覆っている。

 確かにそこにいる強者の存在感を持っているのに、どこか儚げな表情の、不思議な女性だった。まるで、この世ならざる者のような美しさを感じた。


「A級冒険者で剣士をやっている。ユーリカ・ノインだ。これでも、世の中では少しは名が知れているんだけどね」


「ばーか。ユーリカが知られてんのは、とんちんかんな不思議ちゃんだからだろ。おっと――あたしは、ミレア。竜人族(ドラグーン)のミレアだ! 知っといてくれ!」


 角を生やしたハチミツ色の短髪の少女が、呆れた声を投げる。

 どうやらこの二人は仲が良いらしい。家族ではないようだけれど、一緒に仕事をする仲間なのだろうか。


 自分は、ミレアに背負われて、街道を進んでいるらしい。

 いつの間にか、景色が山を抜けていた。

 彼方に森林が見え、周囲には草原が広がっている。


「もうすぐ街に着くぜ、兄ちゃん」


「ティスです。ティス・クラット――ミレアさん。やっぱり悪いですよ。俺、自分の足で歩きます」


 すると、くすくすとユーリカが忍び笑いを漏らした。


「気にしなくていいよ、ティス。ミレアは、男性にいいところ見せたいだけだから。あと、男に密着できて内心は喜んでるんだ。ミレアはむっつりだしね」


「ば――誰がムッツリだ! あ、あたしはそんな、下心があるわけじゃ――!」


 ミレアは見るからに狼狽した。やましさの表れだろう。

 やがて、彼女はばつの悪そうに、ティスを振り返る。


「そ……その、ごめんな? 女に触られてるのが嫌だって言うんなら、謝る。それに、ゴブリンどもとやらかした後だし、汗もかいてるから臭いよな……」


「ミレアさん、いい匂いがしますよ? ハチミツみたいな、甘い匂いです。これが女性の匂いなんですね」


 おどおどと様子を伺うミレアに、ティスは素で答えてしまっていた。

 疲労とダメージから、本音を隠すことを忘れてしまったのだ。


 その答えに、ミレアの動きが止まった。

 彼女は耳まで真っ赤にして、あうあうと、声にならない言葉を紡いだ。

 その様子を見て、隣を歩くユーリカが笑い死にしそうになっている。


「ば、ばっか! ティス、男が女にそういうこと軽々しく言うもんじゃねーよ! 誘ってると思われたらどーすんだ! 襲われちまうぞ!?」


「あ、ご、ごめんなさい……失礼でしたか?」


「謝らなくていいよ、ティス。ミレアは照れてるんだ」


 ユーリカの指摘に、ティスは無礼が無かったことを安堵する。

 ミレアは、誰が照れてるんだ! と騒いでいたけれど。


 やがて、ユーリカが興味深そうに尋ねた。


「ティス。きみはずいぶんと世間ずれしてないね。何で、あんな山の中に一人でいたんだい?」


「あ、それは――」


 問われて、ティスは自分の身の上を話した。

 生まれたときから祖父と二人きりで暮らしていたこと。

 山の中の小屋で、誰とも会わずに育ってきたこと。

 祖父を亡くし、一人になって、街に降りる決意をしたこと。

 そして、その途中でゴブリンの大群に襲われて、二人に助けられたこと。


 その話を聞いて、ユーリカは心苦しそうに唸った。


「私たちが狩り立てた集落のゴブリンが、進路上にいたきみを襲ったのか……それは、ずいぶんと危ない目に合わせてしまったね。すまない」


「あ、いえ。こうして助けてもらったわけですから、気にしないでください」


 ティスが慌てて首を振る。

 と、目の前から、獣のような唸り声が聞こえた。


 ミレアのすすり泣く声だった。


「み、ミレアさん!?」


「うぅ……だってよぉ……ずっと二人で暮らしてて、身寄りが無くなったんだろ……? それで、見知らぬ街まで、ひとりぼっちで降りてこようとして……これが、泣かずにいられるかよぉ……っ!」


「やれやれ。ミレアは、相変わらず涙もろいね」


 しゃくりあげるミレアに、あたふたとティスは慌てた。

 けれども、彼が何かをするよりも早く、ミレアは大声で意気込んだ。


「じ、心配ずんな、ティス! あたしらが絶対に街まで送り届けてやっからな! お前は何も心配せず、あたしの背中におぶさってろ!」


「あ……ありがとうございます……?」


 本当にいいのかな。

 ティスの心に戸惑いと遠慮が浮かぶ。

 そのためらいを振り払うように、ユーリカがひょうひょうと告げた。


「良い風が吹いているね……これも、私たちときみの出会いが悪いものではないという証拠だよ。気楽に寄りかかっていればいいさ」


「相変わらず、ユーリカはわけのわかんないことを……」


 二人のやり取りに、ティスは返す言葉も思いつかず、負ぶさられるまま任せた。

 女性に甘えるのは男として情けないけれど、この二人は悪い人たちでは無さそうだ。

 変な人たちではあるけれど。

 二人の厚意を、黙って受け取ることにした。


 それにしても。

 男を守るのは女の務め、というユーリカのつぶやきは、どういう意味だろう?





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