冒険者登録・実戦試験
「無茶言うなよ、ユーリカ。そいつはちょっと厳しくねーか?」
ユーリカの出した条件に、ミレアが難色を示した。
B級冒険者を倒せ。
おそらくは女である、身体能力でも剣技でも上を行くであろう相手を倒す。
ユーリカの提示した条件に、ティスは表情を引き締めた。
彼女は神妙な表情のまま、理由を告げた。
「ライムは、ティスが危険な冒険者になることに賛同していない。周りの女性職員や冒険者もだ。この状況だと、たとえ善戦しても、合格の判定をもらえるとは思えない」
「ライムが試験官に、わざと落とすように言い含めてるってことか?」
「それが一番簡単で、周囲に角が立たないからね。――曖昧な判定じゃ足りない。結果がいる。誰もが納得する明確な結果が。だから、ティス。冒険者になりたいのなら試験官を倒しなさい」
明快に理由を説明され、ティスの選択肢は二つに絞られた。
辞めるか、挑むか。
ティスは迷わなかった。
「……やります! やってみせます!」
*******
「私が試験官のエンデ・ロクターだ。よろしくな、お坊ちゃん!」
訓練場に待っていた試験官は、やはり女性だった。
肩までの赤毛の、長身の女性。ユーリカとは違い、露出した首や腕が筋肉に覆われている。革鎧の下に筋肉を押し込んだ、いかにもタフそうな相手だった。
お互いに装備は革鎧をまとい、武器は木剣を使う。
ティスは冷静に目算を立てる。この勝負――勝機があるとすれば、武器が実剣ではないことか。
「怪我をしても、回復薬は用意してある。すぐに治るから、どんな手を使っても構わんぞ。もっとも、それで私に怪我を負わせられればの話だがな!」
自信に満ちた笑い声だった。
経験と力量と、相手が男性である侮りを思えば当然のことだとも言える。
訓練場の中央で、エンデと対峙する。
ユーリカとミレアの助言や助力は当然、無い。二人は訓練場の端で試験を見守っている。
「それでは、始めてください」
「行くぞ!」
ライムの合図とともに、エンデが突っ込んでくる。
様子見の後手を選ばなかった点が、これが測定ではなくふるい落としなのだと物語っていた。
エンデの直線的な剣を横に跳んで回避する。
剣圧で風が舞った。速度はユーリカに及ぶべくも無いが、威力は彼女に近い。
筋肉質な体つきから、力で押し込む戦い方なのだろう。
ティスが剣を振るう。が、すべて革鎧の肩当や胸当を盾にしてしのがれた。
ダメージはまるで入っているように見えない。
「甘い! 『加護』の守りを、そんな非力で貫けるか!」
横なぎの一撃がティスを襲う。
剣を立てて、力を流すことでティスは防御しようとした。
だが、次の瞬間、ティスのわき腹にはめきめきと木剣の刃が食い込んでいた。
「げふっ!」
「おっと。もう少し優しく扱うべきだったか?」
盾にした自分の木剣ごと、わき腹まで押し込まれた。エンデの剣を止められなかったのだ。ティスの身体が、もんどりうって吹き飛ばされる。
実力が違いすぎた。
おそらく、エンデは本気を出していまい。
B級という上から二つ目の位がどれほどの力を持つか。
目の前の相手は、紛れも無く、ティスの能力をはるかに上回る強者だった。
「ははっ。痛みを知れば、馬鹿な夢も諦められるだろう。綺麗な顔を傷つけられる前に、音を上げた方がいいかもしれないぞ?」
馬鹿な夢。
その一言が、ティスを立ち上がらせた。
わき腹から響く痛みを耐え、ティスは咆えた。
「自分の進む先に夢を持たなけりゃ、男として生きていけるもんか!」
その一言を聞いて、エンデの口元がにぃ、と嗜虐的に歪んだ。
「まるでいっぱしの女のようなことを言う! なら、どこまでその幼稚な意気地が続くか見せてみろ!」
エンデが剣を手に、駆けた。
ティスも全力で駆け出す。腕力の差は体重を使わなければ埋められない。
二度、三度と木剣が激突する。
剣が弾かれ、エンデの一撃をしのぐ隙に二度の割合で打ち据えられた。
高速で振るわれる木剣だ。あざではすまない。
皮が破れ、ティスの血が宙に舞った。どこか、骨が折れているかもしれない。
それでも、ティスの眼光は衰えない。
心は折れない。
武器が実剣では無いことを活かして、ティスは自分の身体を犠牲に間を詰めた。
これが鋼の刃なら、最初の一撃で自分は斬り伏せられていただろう。
だが、これは訓練だ。武器の条件と相手の油断、それが勝機につながる。
やがてエンデの懐に潜り込み、標的を見据える。
「――どんな手段を使ってもいい、と言いましたね?」
ティスは剣を手放し、両手でそれぞれ、エンデの右腕と胸元を掴んだ。
力でも剣でも勝てない相手なら、技で勝つしかない。
エンデの剣の流れに沿って、身体を引き込む。
だが――
「シャルロットを投げ飛ばしたという技か! 聞いているぞ!」
エンデは掴まれた腕を無理やりに振り払い、逆にひじ打ちを仕掛けてきた。
脳を狙うその一撃が直撃すれば、ティスは意識を保っていられない。
けれども、それは、ティスの立てた戦術のうちだった。
「この技は、手加減が効きません……」
振り払われた手を、エンデの胸当てに添える。
引いた勢いそのままに、後ろ足を踏み込んだ。
狙いは心臓ただ一点。
後ろ足で大地を蹴る。前に出した足で力を増やす。
相手の心臓、その真上に当てた自分の手をめがけ――
「――これが俺の、切り札です!」
ティスは、全身全霊の拳を打ち込んだ。
「か……はっ……!?」
その瞬間、ティスの全体重を乗せた一撃が、衝撃となってエンデの心臓を貫いた。
対人奥義――『鎧通し』。
鎧の上に当てた自分の手を中継点として、打突の衝撃のみを内部に貫通させる技だ。
その衝撃伝達の仕組みは、別の武術体系では浸透剄とも呼ばれる。
いかに堅固な『加護』の防御とは言え、内臓まで強化されるものではない。
繊細で柔らかい心臓に、渾身の一撃を受け、エンデは意識を刈り取られた。
どさり、とエンデの身体が、訓練場の地面に倒れる。
ティスも、とても立ってはいられなかった。
全身を打ち据えられ、わき腹や頬の骨から、折れた痛みが響いてくる。
擦り傷、打撲による裂傷、額から流れた血が、頬を伝って地に落ちた。
短い戦いで息は上がり、空を見上げる視界はぼやける。
まさしく、満身創痍の一言に尽きる。
それでも、天に向かって高々と突き上げられた手が、ティスの勝利を物語っていた。
明日の朝の更新はお休みします。
明日からはおそらく夕方のみの、一日一回更新になると思いますので、ご了承ください。
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