おとこのこ、おんなのこ
朝には書けないR15回。苦手な方は読み飛ばしてください。
宿屋《銀輪亭》の朝は早い。
厩舎の飼い葉の世話、厨房の清掃と火起こし、水がめへの水汲み。
朝の食材の仕入れに、パンを買わずに自前で焼くならその支度も入る。
日が昇れば宿泊客が起き出してくるから、準備は日の出を見る前に済ませる。
ティスは代理の料理番とは言え、人の少ない宿なら雑用も同然だ。
新たに雇われた若い下っ端なのだから、一番働くのは当然と言えた。
とは言え、仕事は苦ではなかった。
山を降りる前に解き放ったけれど、山暮らしでは家畜も少し世話していた。
小屋での食事の準備も、ティスの仕事だった。
水汲みも、薪割りも。
そうした山暮らしの頃と比べれば、仕事の内容は変わっていても、負担はそう大きく変わることはなかった。
食堂の清掃を終え、厨房の仕込を済ませる。
準備がすべて終わる頃には、労働と料理の火で、ティスは汗だくになった。
「気持ち良いくらいに汗をかいたねぇ。日が昇って、外も暖かくなる頃合だ。裏の井戸で水浴びをしておいで。朝の、今の時間なら人目にもつかないから」
「はい、女将さん!」
支度が一段落したことで、ティスは休憩を与えられた。
女将の用意してくれた着替えの古着と、手布を持って水場に行く。
そこには、先客がいた。
「あ、ミレアさん。おはようございます!」
「おう、ティス。おはよう! どした、朝の準備は終わったのか?」
宿の裏の水場では、ミレアが水浴びをしていた。
上半身は完全に裸で、下半身も下着一枚だ。
そのことに気づき、ミレアは手で下を覆い隠した。
「す、すまねーな、こんな格好で。見苦しいだろ?」
「いえ、気にしないでください。それより、ぼくも隣お借りしますね」
笑顔で頭を下げ、ティスはがばりと服を脱いだ。
少年らしく薄い、けれど鍛えられたティスの胸板があらわになる。
これにギョッと目を剥き、顔を上気させたのは、ミレアだ。
「ば、ばか! ティス、早く胸を隠せ! なに裸になってんだ!」
「え? でも、水浴びするなら裸じゃないと。じっちゃんともよくこうしてましたよ?」
「女の前で、そんな風にムネを晒す男がいるか!」
言われて、ティスは首をかしげながらも、脱いだ服でしぶしぶと胸元を隠した。
なぜだかミレアは鼻を押さえながら、後ろを向いていた。
「ミレアさん。男が女に胸を見せることに、何か意味があるんですか?」
「それは、その……この世界じゃ、女の方が強いんだ。女なんてケダモノみたいなもんだ。男が弱点である胸をさらすなんて、女に襲ってくださいと言ってるようなもんだぞ」
早口で、まくし立てるように諭すミレア。
顔はそっぽを向いているが、視線はちらちらとティスの半裸に向いている。
「でも、ミレアさんも胸を隠してないじゃないですか」
「女は良いんだよ。女の胸は肉に包まれてるからな、刃物もそうは届かない。女の胸は、男と違って心の臓や肺腑が守られてるんだ。痛いのは痛いけどな」
そう言って、胸をそらすミレア。ぷるん、と形の良い小ぶりな胸が揺れた。
ミレアの説明に、ティスはまじまじとミレアと自分の胸を見比べる。
改めて説明されると、胸の形はずいぶん違う。
ティスの胸は平坦だ。
筋肉はあるが、そう厚みは無い。
肉質も硬く、その分だけ刃や衝撃を真っ直ぐに通しやすいだろう。
対して、ミレアの胸は違った。
丸く、半球型に盛り上がった肌がふるふると柔らかく揺れている。
水餅のように張りがあり、大事な身体の内側をしっかりと守っている。
自分と同じなのは、お碗型の丸みの上にちょこりと乗った、桜色の突起くらいだろう。
「俺のと、ずいぶん違うんですね……」
ティスは胸元に当てた服をずらし、感心したように自分の胸とミレアのものを見比べる。
そのせいで露出した男の胸を目にし、ミレアがあわあわと鼻血を垂らしているが、ティスは男女の違いに夢中で気づかなかった。
「女性の胸って、すごいんですね」
「はは。冒険者やってりゃ、女の裸なんてよく目にするだろーよ。女ってのはガサツだからな。宿に戻りゃ、部屋の中じゃ上が裸のまま暮らす奴も珍しくない」
まじまじと、初めてのものを目にして感動しながら見つめるティス。
その様子に気づき、ミレアは気が大きくなった。
憧憬の視線を受ける誇らしさもあり、いたずらめいた口調で彼女は提案した。
「触ってみるか、ティス?」
「良いんですか?」
「ああ。誰にも触らせたことなんて無いけどな。知らないなら勉強にはなるだろ」
快活に笑うミレアの言葉に安心し、ティスは遠慮ながらにミレアの胸に触れた。
「あ……すごく……柔らかいです……」
表面は張りがありながら、さわり心地はふよふよと柔らかい。触れる指に添って形を変える儚い揉み応えに、ティスは愛しさすら感じた。
「ん……んぅ……な、何か、変な気持ちになるな、これ」
「えと……俺もです」
ミレアの口から切なげな吐息が漏れる。
ティスは何となくそれ以上は動悸が早まり、触れていられなかった。
顔を赤くしたミレアが、胸元を押さえながら尋ねる。
「てぃ、ティスは、母ちゃんの胸を見たこととか無いのか!?」
「えと、物心ついたときには、じっちゃんと二人でしたから。両親のことは、全然……」
そうか、とミレアは瞳を潤ませた。
そしてがばり、と両手を大きく広げる。
「……っ! じゃあ、遠慮すんな! あたしが代わりに、抱きしめてやる!」
「え!? ええ!? そんな、悪いですよ、そこまでしてもらわなくても……」
「ばか! ティス。世の中の女にはな、男に言ってやりたい夢の台詞ってのがあるんだよ。――『いいから、あたしの胸に飛び込んで来い』!」
ミレアの言葉に、ティスはひざをつき、彼女の胸に顔を寄せた。
母の代わりとなる腕が、ティスの頭をかき抱く。
しっとりと濡れた肌が、ぷるりと柔らかくティスの頬を包んでいく。
その心地よさに、ティスは目を閉じた。
「……ミレアさん……気持ち……いいです。それに、何だかすごく懐かしい……」
「あたしも竜人族の里を飛び出してきたからな。親に甘えられない寂しさはわかるよ」
母性と父性。その両方を込めて、ミレアはティスを抱き寄せていた。
胸に伝わるそのぬくもりに、ミレアの口が安らかに動く。
「ティス……お前は、女のことも、竜人族のあたしも、怖がらないんだなぁ……」
ミレアが感慨深げにつぶやいた、そのとき。
投げられた手桶が、ミレアの頭を直撃した。
「あ痛ぇっ!?」
「ミレアぁぁぁ!? ななな、何を朝っぱらから破廉恥なことしてますの! 純真無垢なティスを毒牙にかけるだなんて!」
目覚めの水浴びに来た、シャルロットだった。
寝間着らしく薄い上下の肩に手ぬぐいをかけ、憤怒の形相で声を荒げている。
ミレアはティスを放し、大慌てで弁解した。
「ばか、誰が襲ってんだよ、シャルロット! これはそんなんじゃねーよ!」
「ウソ仰い! ティスの服を脱がして、抱きついて、何をするつもりでしたの!?」
確かに。
胸元を脱いだ服で覆い隠し、ぺたりと地面にひざをつく涙目のティスは、傍目には女に襲われていた被害者と勘違いされても仕方ないかもしれない。
「違うっつってんだろ! ティスが、女の胸のこと知らないって言うから! 触りたがってたから触らせてたんだよ!」
「そんな言い訳が通るのなら暴行犯も善意になりますわよ! ティス! 女の胸のことが知りたいなら、こんな破廉恥女ではなく、貴族のわたくしが触らせてあげますわ!」
そう言って、シャルロットはばさりと寝間着をはだける。
十代中盤の、少女と言うにも寂しいささやかな胸が日中に晒された。
ティスはその胸を見て、男である自分が何を甘えていたのか、と我に返った。
自分の甘えへの羞恥に慌てふためくティスに、ミレアが勘違いする。
「早くその貧相なものしまえ、シャルロット! ティスが怯えてんだろ! 裸になって男に襲い掛かるなんざ、お前の方がよっぽど変態だろーがぁ!」
「ティスに肌を触らせてた貴女がそれを言いますの!?」
「あたしは保護者だからいいんだよ! 卑猥な下心は微塵もねぇ!」
「ウソに決まってますわ、このムッツリ!」
二人の言い争いは、ティスの水浴びが遅いことを心配した女将が様子を見に来るまで続いた。言い争っていた二人は頭に女将の拳骨を落とされ、ティスは無知をこっぴどく叱られた。
なお、その後、女将と旦那による初歩的な性差の教育が行われた。
男女の常識を大まかに知らされたティスは、真っ赤になって縮こまったとか。