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女神  作者: 都の辰巳
9/9

秘めた想い 2

目を覚ますと、自分の部屋に居た。

森へ行ったことは覚えている。

ところが戻った記憶はない。


そうだ、腹を立てていた。

王の身勝手な云い分や神官たちの怯えた、そして阿る目に。

闇雲に歩き続けて、道を失って。

それから・・・どうした?

頭に霧が掛かったように、昨日のことが思い出せない。


いつ戻ったのだろう?

どうやって?


部屋は鎧戸が閉まり、夜か昼かも定かでない。

床から起き上がろうと体を動かす。

と、痛みに顔を顰めた。

上掛けを掃うと、足に布が何重にも巻かれているのが見て取れた。


その布を、恐る恐る剝いでみる。

足は瓜の様に大きく腫れて紫色になっていたが、裂けた傷口は膿もなくきれいだった。

これほどの怪我をしたのに、なぜなにも覚えていない。

もどかしい想いを抱えて床を出た。


それを待ち構えていたように、外から男たちが云い争う声が飛び込んで来た。

云い合いはやがて怒鳴り合いになり、殴り合いへと発展したようだった。

肉と肉とがぶつかり合う厭な音が響く。

痛む足を引き摺るように窓へ近づき、鎧戸の片側を引き開けた。

空にはまだ星が瞬き闇に包まれていたが、東の方向に筆でなぞった様に僅かな光が現れ始めている。

その弱い光に浮かんだのは、濃い土色の腰布をした男三人と紅色の男が二人。

土色は村の男たちが付ける色。

神殿へ来る事は許されていない者たちだ。


村の男の一人は体が大きく、力も強い。

女神の護衛である二人は殴られたのか、出血して顔が赤く染まっている。

だが、好き放題やられているかというと、少し違う。

大きな男は動きが鈍く隙だらけで、致命的ではないが足元がふら付くような痛手を受けていた。

仲間の二人はすでに、腕と足に戦えないほどの傷があるようだ。

それに苛立ったように大男は大きく吼えながら、相手に向かって突進した。

「やめろ!」

声は右手から現れた。


明らかに争っている男たちよりも年嵩で、護衛の中で命令を下す立場にいる者。

上官の出現に二人はその場で不動の姿勢をとる。

明るくなった空の下で見ると、その男はひと際大きいことが分かった。

そして、ここぞとばかりに動かなくなった兵士の鼻に肘鉄を食らわせ、もう一人にも殴りかかる。

だがその振るった拳を年嵩の兵に押さえ込まれると、怒りに任せてその兵を標的に換えた。

ところが拳は空を切り、易々と足を払われ顔から地面に落ちた。


「やめろと云ったが、お前は言葉が分からぬか?」

「あんたに従う義務はない!」

組み敷かれてもなお、男は抵抗を続ける。

「神殿は禁断の地。入れば死は免れぬ。それを承知で遣って来たお前たちは余程の愚か者か、

策ある者に従う間抜けかだ。」

「放せ!」

体の大きさからすれば、相手の方が上。

だがどう暴れようと、片膝で押さえつけられた体はビクともしない。

「神殿に何用だ?」

「道に迷っただけだ、さっきもそう云った。それをあいつ等が殴りかかって来たんだ!」

応えてすぐに悲鳴を上げた。

背で掴んだ腕を、さらに捩じ上げる。

「もう一度聴く。神殿に何用だ?」


村から神殿までは、男の足でも半日かかる。

その道のりも深い森に閉ざされた険しい山道。

慣れた者でなければ道を失い、二度と戻らない。


「女神が・・・女神が本当にいるかどうか、確かめに来た!」

痛みに耐えかね、吐き捨てるように云った。

「応えたぞ、放せ!腕が折れる!」

「折りはしない。だが、肝に銘じて良く聴くことだ。

また再び許可なく現れたときは、命をもらう。お前達も分かったな?」

すでに他の二人は気力を失い、声を出すことも儘ならない状態だった。

「お前はどうだ、わかったか?」

「殺すならいま殺せ。そうすれば王も目を覚ますだろう、我らに女神など必要ないとな。」


彼は腰からナイフを引き抜く。

やられると思ったのか、相手の目に怯えが見えた。

だが、ナイフの刃が当てられたのは、左腕。

幾重にも巻いた皮ひもの中に差し入れる。

音もなく皮ひもは落ち、絡み合った二匹のヘビが姿を現した。

「王の兵ならば、王の為に死ね。」

まるで子犬を持ち上げるように、首を摑んで引き上げた。

「姑息な策略の手先としてでなく。」

立ち上がると同時に、男は腕の刺青を覆い隠した。

計略を見破られた上に、屈辱的な扱いを受けた怒りで男の体は朱に染まっていた。

「また道に迷わぬよう、山の裾まで彼らに送らせよう。」

鋭く高い口笛を吹くと、男が三人何処からともなく現われる。

「消えろ。」

口の中の苦い物と砂を唾と共に吐き捨て、男が走り去る。

その後を追うように、二人が互いを庇いながら姿を消した。


見世物が終わった。

彼女は楽しんだことを知らせるように、五度手を打ち鳴らす。

その場にいた皆が頭上を見上げた。

しかし、彼女の視線を捕らえたのは、あの男のみだった。


「いるのだろう?」

誰も居ない森の木立に向い、彼女は返事を待った。

周りは濃い緑に隠され風が葉を揺らす以外、人の気配は感じさせない。

それでも居ることは、互いに承知の上。

「今日はどうして姿を見せない?」

空は晴れて、透き通るほどに青い。

「私が穴に落ちれば出て来るのか?」

彼女の立つ足元の岩は脆く、少し動くたびパラパラと音を立てて穴に落ちていく。

しばらく待ったが、男は出てこない。

「そうか、わかった。」


穴の淵にはまだ遠い。

今日は死ぬ気など更々ないが、肝心の相手を出てこさせる手段としてなら飛び込むことも厭わない。

穴の淵からは冷たい風が、抉るように吹き上げて彼女を撫でた。

そして一歩踏み出したその足が、ぐずりと沈み込む。

頭の隅で不味いと感じたがすでに遅く、体が後ろに傾いた。

「あなたという方は、どうしてそう無思慮なことをなさるのか!」

聞こえたのはあの男の声。

そして彼女の体は、その肩に担がれていた。


男の歩き方は乱暴で、足を踏み出すたびに大きく体が揺れた。

降ろされたのは穴から遠く離れた、森の木の根元。

「お前が出て来ないからだ。」

男に摑まれていた足の痛みに顔を顰めて、応える。

「私の護衛のわりに、扱いは手荒いな。」

「あなたが子供じみた真似をなさるのが悪い。」

「姿を見せろと云ったときにお前が出てくれば、子供じみた真似はしてない。」

「わたしが悪いと云われるのか?」

「なぜ、お前が腹を立てる?腹を立てるのは私だろう。

この前は、よくも嘘を付いたな。私に何を飲ませた?

怪我には効いたが、記憶がすっぽり消えていた。」


男のため息が聞こえた。

「いまは思い出されたようですね。」

「今朝、お前の姿を見て思い出した。お前には不本意のようだな。」

「あれは我らのキズ薬、恐怖心も忘れさせます。あなたの記憶が戻るとは思いませんでした。」

「お前が私を担いで戻ったのか?」

「恐れ多くも。」

その云い方はぶっきら棒だ。

「白々しいやつよ。お前は私を畏れないと同様、敬ってもいない。そうだろう?」

「とんでもない、あなたは唯一無二の女神であられる。」

『なぜ女神しか知らぬはずの神殿までの抜け道を、お前が知っている?

気をつけて応えた方がいいぞ。応え次第では、お前を殺すように命じることになる。」

「他の者に命ぜられなくても、わたしの死をお望みであれば、あの穴にこの身を投じましょう。」

「まずお前の応えを聞こう。」























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