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路地裏での戦闘もとい面接の後、エルダーはかすり傷や脚の火傷などを回復魔法で直し、
それから先刻の酒場へと二人して戻った。エルセについて奥に進み個室に入る。
設えられた擦り切れの目立つソファの片方に座り、テーブルを挟んでエルセと向かい合うと、
「これ」と突き放すようにカップを渡してくる。
相変わらずの冷たさだ。最も、それも当然であった。
エルダーは女神メーティアよりエルセの事情を多少なりとも聞いているので親しみも湧くが、
彼女にとっては名前以外は杳と知れぬ、盾には使える程度の実力はある男、という認識以上ではないだろう。
エルダーは渡されたカップの中を覗き込む。薄ら緑色の液体。どこか新緑の若葉のような、淡い香り。
ためつすがめつエルダーに、
「…知らないの?魔素水よ」
と呆れを含むエルセの言葉。言いつつ対面のソファに腰掛け、自分のカップに口をつける。
「魔素水?」
「魔素薬を溶かしこんだ水よ。体内の魔力回復を促進するの。…ほんとに知らないの?」
ああ、と思い当たってエルダーは頷いた。自然治癒力を高め魔力回復を早める、フラガ茶というものがかつてにも存在していた。
同じようなものだろう。
ほとんど味のしない魔素水を一口すすり、ひとごこちついた思いでいると、エルセが話を切り出した。
「私が盾を募集してるって話、どこで聞きつけてきたのか知らないけど…長く辛い旅になるわよ」
それは警告か、覚悟の再確認か。
「あいにくの無一文でね、仕事は選んでられないんだ」
真面目くさって答えると、またしても呆れ顔を返される。
今後ともに旅をするとなれば、400年時代遅れの知識しかないエルダーは度々無知を晒すことになるであろうから、
そうそうに慣れてもらわねばなるまい。
「魔王を倒す為にエルセの力を必要としてるのはこちらも同じだ。もう運命共同体だ」
「共同体、ねえ…」
呟くように繰り返すと、
「私を騙す意味も無いと思うけれど…。あなたを信用する為に聞かせて。
どうして、個人で魔王を倒そうなんて、酔狂な事を言ってる少女に着いてこようと思ったの?」
真剣な声のエルセの問いに、エルダーは端的な答えしか持たない。
「エルセが、魔法使い最強だから」
多大な魔力を擁するその資質と、独自魔法を生み出す柔軟性、
それに将来性を鑑みれば、間違いなくエルセは頂点の一角である、とメーティアは言う。
「彼女は…目の前で両親を、魔王に直接殺められています」
そうして復讐心を煽る。そんな悪辣な真似を五年に渡って各地で繰り返しているのだ。
単身でふらふらと、時には自身を憎む相手をそばに伴って手ずから戦いを教え込み、
行く先々で絶望を振りまくことも忘れない。
当然、魔王打倒の動きはあった。
武勇に自信のある冒険者であったり、街の自警団であったり、その国の軍隊であったり。
しかし魔王はついぞ破られていない。
相手はたかだか人間一人。成る程条件さえ適えば人海戦術も可能であっただろう。
魔王は強者との戦いを求めていたが、太陽に挑もうなどと考える訳ではない。
圧倒的多数で囲まれ、じわじわと削られる、それを是とせず姿をくらませることもあった。
単身故、人の中に紛れてしまえばそう見つけられるものではないのだ。
そんな様に、諦めを込めて魔王の襲来を『天災』と呼ぶものもあった。
けれどもエルセリナは、
「彼女は魔法の研鑽に打ち込み、魔王の情報を集め、ただただ魔王打倒の為に力を尽くしています」
メーティアより聞かされていた話。そしてエルダーもこれまでのやり取りで確信を得るに至っていた。
だから頭を下げて、
「バイト代は衣食の保障と魔法の教練でお願いします!」
「…はあ」
またすげない溜息を返されるのだった。