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400年。エルダーがかつてこの国で、この地上で勇者として、また英雄として名を馳せ、そして没した頃からそれだけの年月が経っていた。


「まっったく面影残って無いな」


記憶と比較し、時折懐かしみながらエルダーはセルデヌン王国北西に位置する大都市の街道を歩いていた。

幅広の、綺麗に詰められた石畳の大通り。両側には形状の統一された建物が折り目正しく並び、

等間隔で魔導灯も設置されている。大規模な都市開発があったのだろう。400年前の雑多な街並みからは考えられない。

しかし人の通りが少ないと、整然とした様は逆に侘びしさを引き立てているようだった。

北風の冷たさがいっそうそれを煽っている。



「さて」


嘆息して、エルダーは思考を切り替える。

防寒を目的とした分厚目の服と、薄茶色の外套にくるまれた肉体は、

これから全く新たな環境に体を馴染ませるために、完成しきった全盛期ではなく、

エルダー自身の十代後半頃を再現したものだ。

特定の武術流派に沿った筋肉の付き方や、魔力の流れ道たる導脈にクセがついてしまってない頃。

故にいささか華奢にも見える体つきであったが、浅黒い肌に馴染む銀髪に深緑の瞳、

それに根底に根付くかつて培ったものからくる立ち振舞い。決して頼り無さは無かった。

エルダーは外套のフードをかぶり直してまばらな人のながれを行く。

身に着けている服はメーティアが、これで精一杯です、と言って用意してくれたものだ。人界へ干渉できる限界がどうとか。

つまり、エルダーは現在着の身着のまま。すなわち無一文。

まずこれをどうにかする必要があった。



てっきり、エルダーはそのまま魔王の眼前へと送り込まれるのかと身構えていたのだが、そんなことはなかった。

ミーティアが言うには


「今のまま単身で戦っても…その、勝ち目はありません。体を慣らしてもらう必要もありますし、

数百年の間に魔法技術も剣術もずいぶんと研究が進んでいます。それを身につける必要もあるでしょう」


現実は厳しいようだった。とは言え、任せろというエルダーの言葉が大言壮語であったという訳ではない。

必要な実力を身につけ、その上で必ず倒す。そう言う覚悟が彼にはあった。


「わたしがあなたに与えられるのはいくつかの加護だけです。わたしは現世の人間の魂には干渉出来ないので、

一度、死人であるあなたに加護を与えたうえで現世に送り込むという段階を踏む必要がありました」


「しかし…悠長にしてて平気なんですか?魔王の脅威は現在進行形でしょう?」


「全然平気ではないのですけれど…ただ、魔王は強者を求めているのであって、

人を滅ぼそうとしている訳ではないですから、やり過ぎるということは…」


辛そうな表情でそう言う。そんな表情をさせては、そんな事を言わせてはいけない。エルダーは強くそう思った。

だから、


「さくっと終わらせてみせますよ。なんたって女神公認勇者ですからね!」



「安請け合いって訳じゃないんだけどなあ」


冷えた両手をあわせさすりながら店の中を進む。

ここは、ただ酒と食事を提供するだけに留まらぬ施設として、400年前にも存在していた『酒場』だ。

外の様子とはかわって、そこそこには賑わっている。

すえた匂いと酒気が入り混じった空気に多少辟易しつつ、カウンターで注文をとっている男に声をかける。


「あの、ちょっといいですか?」


「あん?」


柄の悪い壮年の男だ。頬に走る傷跡がいかにもだ。


「ここで用心棒を募集してるって聞いたんですけど」


女神様情報だ。まず第一に金を稼ぐための手段として提供してくれたものだ。

焦ったように、「人の私生活をのぞき見してるわけじゃないんですよ!」と付け加えられたが、

エルダーは無論そんな事を疑ってはいなかった。


男はエルダーの事をじろじろ見て、鼻をふんと鳴らした。

それからくるっと振り返ると、奥の厨房らしき方に向かって大声で声をかけた。


「おい、エルセ!バイト希望がきてるぞ!」


用心棒のアルバイト、って他に言いようは無いのだろうか。と内心考えているうちに、奥から小柄な少女が出てくる。

くすみがちな草色の長い髪はざっくばらんに切り揃えられ、歩く度に揺れている。

美人ではあったが痩せこけていてその健康状態が思わしくない事が察せられた。

少女はカウンターをまわってエルダーの正面にたつ、かと思われたがそのまま横を通り抜け、

「…エルセリナよ。ついてきて」

と囁くような声で言ってそのまま酒場の出口へ向かってゆく。

エルダーもついて行く他はない。


店を出ると一気に冷たい空気が突き刺さってくる。

見たところあまり暖かそうな服装ではないエルセリナは、しかし寒そうにしてる様子もなくすたすたと歩いて行く。

しばらく歩いて、人気の無い行き止まりの路地に行き着く。

そうして、エルダーは自分より頭二つ分ほども小さな少女と正対した。


「何をやるのか、ちゃんと理解してるんでしょうね?冷やかしだったら殺すわよ」


物騒な事を言うエルセリナに、一切の動揺なく返す。


「分かってるよ。殺す相手は魔王だろ?」



メーティアの筋書き通りであった。

彼女が紹介した仕事は、金銭だけでなく魔王討伐の仲間の獲得を折り込みんだものだ。

決して一人で臨む必要はない、しかし半端な実力、意志では足手まといにしかならない。

女神の確かな眼があってこそ、これほど早期に仲間を得られうるのだ。

どうやらメーティアはエルダーを蘇らせる随分と前から、下準備と調査をしていたらしい。


「分かってるならいい。…じゃあ面接ね」


言うなりエルセリナは左手を突き出して、


「ライトスフィア!」


突然の臨戦状態に惑うこともなく、エルダーは横にのけぞるように移動する。

一拍遅れて、それまで居た場所で白と黒の斑な泡がいくつも弾けた。

見たことがなく、それでいて凶悪な威力を持つとはっきりみてとれる魔法に、思わず言ってしまう。


「死にかねねえよ…」


聞こえたであろうが、エルセリナはそれには反応せず、続けて右足で地面を踏み鳴らした。


「デバステイト!」


戦闘中に余計な言葉を交わさない。当然ではあるが、まだ年若い彼女がそこまで冷徹に冷静になれるのは果たして。

そんな事を考えている余裕もなかった。エルダーの周囲、半径五歩分ほどの地面が黒く染まりつつあった。

エルセリナに向かって駆けだすが、そのままでは魔法が完成する前に範囲外に抜け出せそうに無かった。

徒手で、今のこの体でとれる手段は少ない。瞬きの間に思考をまとめてエルダーは叫んだ。


「バースト!」


直後、自身の足元、それもやや後ろで小規模な爆発が起きる。

その風圧で半ば浮きながらエルセリナに向かって突っ込んでゆく。

通常は牽制に使う簡易爆破魔法を移動に使うのは諸刃の剣であった。

皮膚が焼け衝撃に軋む痛みをこらえ、迫るエルセリナの顔を正面に捉え、


「パニュッシュソーン」


直近に迫るエルダーに焦った様子もなく、エルセリナが両の手を胸の前で合わせ、唱える。

合わさった手を中心にまばゆい光が収束するさまをみて、エルダーは引きつった表情を浮かべて誘い込まれたことに気づく。

しかし勢いづいた体は急に止まることは出来ず、吸い込まれるように光に近づいていった。

そして、光が弾けた。あたりが白黒のコントラストに染まり、それも一瞬で再び一点に収束していく。

しかしその一点は術者の手の中ではなく、目を瞬かせるエルセリナの額に手を突き付けるエルダーの体内へと吸収されていった。


「お、俺の勝ちだな…」


息も絶え絶えといった様子で、しかし気丈に笑みを乗せた声でエルダーが言った。

そしてそのまま崩れ落ちた。


「あ…」


突きつけられていた手が消えて、エルセリナは思わず気の抜けた声を漏らした。

それはここまで始終感情を込めない言葉を発していた彼女の、歳相応とも言える可愛らしい声であった。


と、そんな考えで痛苦から気を逸らそうとするエルダーは、

エルセリナの足元で膝をつき、胸を手で抑え、浅い呼吸を繰り返していた。

今エルダーの体を内から苛む、掻きむしりたいほどの苦しみは、魔力の拒絶反応だ。

女神メーティアより賜った加護のひとつ、それが魔法の吸収だ。

自身の魔力に形を与えたものであるところの魔法は、即ち魔力の塊。

体内の器官で作られる魔力は当然万人に違いがあり、他人の魔力は自身のそれとは相容れない。

ただし拒絶反応によって死にまで至ることは極稀なので、

緊急事態では他人に魔力を送り込む事が治療行為として認められる場合もあった。


それはともかく。

魔法の吸収。つまり、形作られる前の魔力に戻して魔法を無効化する、それは非常に強力だ。

しかし代償はいささか大きすぎる、そんな異能が、女神がエルダーに与えた武器のひとつであった。

ちょっときつ過ぎますよ女神様、とようやく体内で暴れていた魔力が落ち着いてきた感覚に安堵しつつ内心でこぼし、

エルダーはちらと目線をあげた。

こちらを遠慮がちに、ともすれば所在無げに見つめてくるエルセリナと目が合う。

ぱっと目をそらされて、エルダーは幾分苦笑を交えながら立ち上がった。


「や、勝ったはいいけど…かなり情けなかったな」


そんな風に声をかけてみると、エルセリナはそっぽを向いたまま、


「勝ちは勝ち。あの時、あなたは私を殺せていた。…面接は合格よ」


相変わらずそっけない風の声であったが、エルダーは気にした風もなく、


「よかった。はじめから躓いてられないからな。あらためて、よろしく。俺はエルダーだ」


「…エルセリナ。いえ、エルセでいいわ。あなたを囮にして魔王を殺すつもりだから、せいぜいそれまで死なないようにね」


そんな言葉も冗談などではない事はこれまでのやり取りから自明で、しかしエルダーはむしろ満足気に笑むばかりだった。

復讐に囚われ、いつもつれない態度で、けれどひたむきなかつての仲間を思い出しながら。




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