サプライズ
「え!!今日…?」
私は思わず声をあげてしまう。
「お母さん、それはあまりに急だよ…ハルくんだって部活何時までなのか分からないし…」
「春くんのお母さん、今日は茶道の会合があるみたいで帰るの遅いみたいなのよー。私は今日定時だったから、一緒に食べましょってお誘いしたんじゃない」
「でも…」
「あら、なんか春くんと咲ちゃんがうちに来たら困ることでもあるわけ?」
お母さんが料理の手を休めずに言う。
「え…別に、そんなこと…ないけど」
「あ、春くんのお父さんは海外出張中でいないみたいよ」
私が動揺しないように努めて、
やっと言えた言葉を、
お母さんはあっさり聞き流して、
料理をしながら喋り続ける。
そして、夕方6時を過ぎても…まだハルくんから連絡はなかった。
試合前だから、きっとまだ練習してるんじゃ…。
「先に食べましょっか」
お母さんが諦めたように言う。
「お母さん、ハルくんは今日の夕御飯の話を知ってるの?」
「あ、そういえば朝会社に行くときに春くんのお母さんと話をしたから、春くん達知らないかもしれないわ…」
もしかして、もう家に帰ってるかも?と隣の家を窓から覗く。
「あら、電気ついてる!茗子、ちょっと呼んできて」
「え、もう…」
人使いの荒い親だわ…
ハルくんからは連絡来てないから、
家にいるのはサクちゃんだろう…。
家の呼鈴を押すと、暫くしてドアが開く。
「サクちゃん、今晩は…」
「どしたの?」
驚いた顔でサクちゃんが言う。
「今日うちで夕御飯食べることになってるみたいだよ、澤野兄弟。」
私が言うと、
「いつも、サプライズだな…」
フッと笑ってサクちゃんが言った。
「そういえば、おめでとう」
サクちゃんがうちの玄関に入る前に、笑顔で言う。
「ありがとう」
ーーーー入学のことなのか、ハルくんとのことなのか…分からなかったけど、お礼を言った。
「咲ちゃーん、いらっしゃい。さ、座って座って」
お母さんが嬉しそうにもてなす。
「おばさん、ありがとうございます…」
サクちゃんがにこやかに言う。
「春くん、遅いわね…」
時計を見ながらお母さんが言う。
「ご馳走さまでした。」
サクちゃんが、立とうとする。
「待って咲ちゃん、春くんの分、お皿に分けるから持っていって!!」
「あ、どうも…」
そして、咲ちゃんが料理を持たされて帰っていく。
「あ、私ったら、買ってきたプリン持たせるの忘れてたわ、茗子、持っていって」
「はいはい」
反論するのも疲れるので、素直に従う。
家を出るとちょうどハルくんが歩いてくるのが見えた。
「ハルくん、おかえり!」
「茗子…。」
ーーーハルくん、すごく疲れてる。
「今日、うちでごはん食べることになってたみたいで、待ってたんだけどハルくん遅いみたいだったからお料理、咲ちゃんがさっき持って帰ってくれたよ。」
「あ、そうだったんだ。おばさんに悪いことしたな」
「ううん、気にしないで、試合前だから、だよね?」
「あ、うん、まぁ…」
ハルくんはなんだか歯切れの悪い返事をする。
ーーーすごい大変なのかな?
「これ、プリン持たせるの忘れたから持って行けって言われて、今ハルくんの家行くところだったんだ!!」
「そうなんだ、ありがと」
ハルくんはプリンの入った袋を受け取ると、
「食べよっか、一緒に」
と、玄関のドアを開けた。
「え?」
「入って」
ハルくんが私の背中にそっと腕を回して、
気づいたら玄関の中にいた。
私の背後でバタンと玄関のドアが閉まった。
「は、ハルくん?」
急にハルくんの部屋に通されて、
なんだか緊張して、声が裏返った。
「お母さん心配するし、私やっぱり帰るよ…」
「茗子?」
ハルくんが帰ろうとした私を後ろから抱き締めた。
私は驚いて、身動きがとれず、息をのむ。
心臓がうるさく音をたてる。
「ーーーーごめん…」
ハルくんが小さく呟くと、私を解放する。
「え?」
振り向いてハルくんを見上げる。
「ーー俺、茗子のこと、物心ついた時には妹扱いしてたよな…」
「どうしたの?」
ーーー急になんでそんな話をするのか、
私には分からなかった。
「それが当たり前みたいな環境で…ほらお互いの親とか兄妹みたいに育ててただろ?」
「うん」
「俺は“お兄ちゃんだから”って言われて育ったから、最初は妹みたいに思ってたはずなのに…。
自分が茗子を好きだって気づいてから…、好きだって気持ちが自分でも驚くほど溢れてきて止まらないんだ…」
「ハルくん…?」
「だから…ずっと気づかないふりしていたのかもしれないって思った。本当の俺の気持ちを……俺が茗子をどんなに好きなのか…それを知ったら茗子が離れていってしまうんじゃないかって、怖くて…。」
ハルくんは私の頬にそっと触れた。
なんだか切ない顔をしたままーーー…。
「だったら“妹”のままでも自分の側に居てくれたらそれで良いって…無意識に自分の気持ちに蓋をしてたんだって……。」
「ハルくん…」
突然の告白に私は言葉に困っていた。
すると、頬に触れていた手を離して、
ハルくんが静かな声で言った。
「…聞いちゃったんだ…噂。ーーー仲西くんとのキスしたって…」