選択肢
朝、いつものように家を出ると、
ハルくんが待っていた。
「おはよ、茗子」
いつもの笑顔で迎えてくれる。
私は昨日のことを思い出して、顔が熱くなる。
「おはよう…」
「ーーーー茗子、聞いてた?」
ハルくんの手が私の手を繋ぐ。
「え、うん。ご、ごめん…」
手を繋がれたことに動揺してしまう。
「…もしかして、昨日のこと思い出してたの?」
悪戯な笑顔でハルくんが言う。
「う…ううん、何のこと?」
私が平然を装って言うと、
「さぁ、何のことでしょう」
大人びた顔でハルくんが私を見る。
私の顔がますます赤くなる。
「ほんと、かわいいなー、茗子」
反応を楽しむようにハルくんが言う。
バス停でバスを待っているかすみ先輩に会う。
途端に少しだけ、複雑な気持ちになる。
「おはよ、春、茗子ちゃん」
「おはよう」
「おはようございます」
「朝から仲良しだねー」
かすみ先輩が私たちが繋いでいた手を見ると、
冷やかすように言う。
「昨日、うちのクラスの男子も凄かったわよー、
新入生代表の茗子ちゃん、可愛すぎるーって」
かすみ先輩が春くんに顔を近づけて言う。
「あぁ、そっちもか…」
「まぁ、こんなにかわいい子が新入生代表だもん、騒がれても仕方ないわよ」
かすみ先輩が私に笑いかける。
ーーーー私はいま、自然に笑えてるかな?
「早くちゃんと言えばイイのにって思ったけど、
そんなに見せてつけて登校するなら、
あっという間に春という彼氏がいるって広まるわね」
かすみ先輩がため息をつきながら言う。
「二人とも、お互いにモテるから大変ねー」
「他人事みたいだな…」
「だって、他人だもん」
ハルくんとかすみ先輩が楽しそうに話すのを見ていると、私はまた寂しさをおぼえる。
ーーーーこれから、
ちょくちょくこうやってバス停で会うのかな…。
かすみ先輩もハルくんも、
何も悪くないのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
別れた人と、こんなに仲良くしゃべれるって出来るものなのかな?
今の“彼女”は私なのに。
どうして二人が仲良くしていると、
途端に自信がなくなるんだろう。
ーーー本当は、話さないで欲しい。
そんなことを思ってしまう自分が嫌いだ。
バスを降りると、
西高へ向かう高校生が正門に向かって歩いている。
「え、あの二人って」
「え、春くんに彼女できたの?」
「ただの幼馴染みじゃなかったの?」
「ーーーあの子、ほら、新入生代表の」
「なんだよ、澤野春の彼女だったのかよ…」
「せっかく狙ってたのになぁ…」
やっぱり噂話されてる。
「俺さ…」
ハルくんが前を向いたまま、
私だけに聞こえるような声でボソッと言う。
「こういうの、本当嫌い。なんで、放っといてくれないんだろうな…」
「うん、私も…放っといて欲しいって思ってた」
私も前を向いたまま小さな声で言う。
私たちは登校する生徒の視線を感じながらも
繋いだ手を離すことなく、靴箱まで歩いた。
「じゃあ、俺こっちだから」
手が離れると、急に寂しくなった。
「じゃあ…」
私も自分の靴箱に向かう。
「おはよ、相田さん」
「おはよう」
ーーーーえっと、確か同じクラスの…。
挨拶しながら必死に思い出す。
「中宮さん…」
「覚えてくれたの?嬉しい!!ね、茗子って呼んでも良い?」
「あ、うん」
「私のことは、彩で良いよ!」
「あ、うん」
ーーーー確か愛莉と同じ中学で、
愛莉と同じく、航くん狙いだって騒いでたよね…。
「あの超イケメンが彼氏なんだね!」
「……。」
「二人とってもお似合いで、私見惚れてたよー」
「……。」
こんなとき、なんてしゃべれば良いの?
私が困っていると、教室に着いた。
「おはよー」
明るく挨拶しながら、彩が教室へ入っていく。
「おはよ…」
私も続いて入るけど、
やっぱり明るく挨拶は、恥ずかしくてまだ出来ない。
ホームルームが始まり、先生が言う。
「では今日は、
このクラスの委員決めをしたいと思います。
誰か、推薦でも立候補でも、どうぞ?」
途端に静まり返る教室。
「って言っても、なかなか決められないわよね?
じゃあ、相田さん、お願いできる?」
ーーーーえ、私?
突然の指名に声が出ない。
「新入生代表、立派だったもの。どうかしら?」
ーーー嫌と言えない空気…。
「あ、じゃあ俺やります」
「いや、俺やります」
「俺も」「俺も」
クラスの男子の大半が、
クラス委員の相方に立候補し始める。
「え、えっと…皆急にやる気になったわね…」
先生が、驚いて言った。
「じゃあ男子はくじ引きで決めましょう」
ーーーそして、
立候補した男子の中から、選ばれたのは。
「うわ…相田さんかわいそう…」
「あの、キモオタ系の…仁科と…」
周りでヒソヒソ言う声が聞こえてきた。
「じゃあクラス委員は、相田さんと仁科さんね」
そう言うと、パラパラと拍手が鳴る。
ーーーー仁科、崇くん。
……どこかで聞いたような名前だな。
「あとは今日の放課後から部活の見学週間が始まります。うちの高校では帰宅部はありませんので!全員が部活動をすること。すでにスポーツ推薦で入学している生徒は……」
先生の言葉に、私は驚く。
ーーー今、帰宅部は無いって…言った?
どうしよう…部活なんて…私無理だよ…。
「ねぇ茗子って部活決めた?」
愛莉と彩が休み時間、
私のところに来て笑顔で話し掛けてくれた。
「ううん、全く決めてなくて」
私が言うと、
「じゃあさ、色々一緒に見学しようよ!!」
「うちらもさ、まだ何にも考えてなくて」
愛莉と彩が言う。
「あ、じゃあお願い」
「良かった、じゃあ今日早速サッカー部のマネージャー、行ってみよ?」
「マネージャー…」
そっか、別に運動部じゃなくても良いのに、
勝手に運動部イメージしてた…。
西高がスポーツで有名なので、
私は勝手に部活イコール運動部だと思ってしまっていた。
その日の放課後、
私は愛莉と彩と一緒にサッカー部に顔を出す。
「菜奈…」
「茗子!」
菜奈がすでにサッカー部にいた。
「茗子もマネージャー見学?」
「菜奈も?」
ーーーーそっか、サッカー部には甚がいるからだ。
相変わらず仲良しだなぁ…。
「君たち、皆サッカー部のマネージャー志望なの?」
部長が声をかけてくる。
「はい」
私たち四人が返事をする。
「今、マネージャー来るから、内容は彼女に聞いてくれる?」
すると、サッカー部の部室のドアが開いて、
「ごめんね、遅くなってーー」
「かすみ先輩…」
私と菜奈の声が揃う。
「菜奈ちゃん、茗子ちゃんもーーー」
「かすみ先輩、テニス部は?」
菜奈が言うと、
「うん、私掛け持ちしてるの。テニス部とマネージャー業務」
ーーーー凄すぎる…。
「サッカー部のマネージャーは三人定員で、
今年3年の先輩が二人引退しちゃうから、
今年はあと二人しか募集してないの。」
かすみ先輩が言う。
一通りの説明を聞いて、私たちは教室へと戻る。
「どうする愛莉ー」
彩が言う。
「私はやりたいかも…」
愛莉が目を輝かせて言う。
「なんか、私は外での雑用ってちょっと無理かも…」
彩が言う。
「茗子は?」
彩が私の方を向くと、聞く。
「私は…バスケ部のマネージャー…見たいかな」
ーーーサッカー部よりバスケ部の方が良いな。
「じゃあ明日、一緒に見に行こうか」
彩が言う。
「じゃあ、菜奈ちゃんと私は明日もサッカー部に顔出すよー」
菜奈とすっかり仲良くなった様子で愛莉が言う。
「せっかくだし、一緒に帰ろ」
私と菜奈と愛莉と彩の四人で、帰ることになった。
途中から方角が別れる愛莉と彩に手を振って、
私と菜奈は、バスを待つ。
「茗子、新しいクラス…どう?」
「クラス委員に指名された…」
「うわ、かわいそうに。相手の男子は?」
「くじ引きで、仁科くんって人に…」
「仁科…って、あのオタクの?」
「菜奈知ってるの?」
「え、同じクラスだったよね中二の時」
「そうだっけ?」
「忘れられてるし。茗子、告られてたよね?」
「え…」
ーーーー全く記憶にない…。
でも名前を聞いたとき、何となく聞き覚えがあったし、菜奈が嘘言うわけないし…。
でもそれって…気まずい…。
その日の夜も、ハルくんと公園で話す。
「クラス委員かぁ、また忙しい役を押し付けられたな…」
「うん…断れなくて」
「で、男の方は?」
「くじ引きで、仁科くんっていう子になったんだけど」
「仁科…」
ハルくんが反芻する。
「菜奈が言ってたんだけど、私と中二の時に同じクラスだったみたい」
「へぇ、でも茗子は覚えてなかったんだ」
「うん。告白されたことも…」
「……」
あ………。
言うべきじゃなかった…。
ついうっかり全て話してしまい、
気まずい空気になる。
「ハルくん、なんか怒ってる?」
「なんで?怒ってないよ」
「でも…」
「仁科くんのこと、忘れてたんでしょ?菜奈ちゃんに言われるまで…その程度の男にイチイチ嫉妬していたら、俺、持たないから。」
そう良いながら、ハルくんの顔が近づく。
「でも…好きな子と同じクラスで好きな子とクラス委員をできるって事に関してはーーー」
言いながらハルくんと私の唇が重なる。
「嫉妬してる」
唇が離れると、
ハルくんが困ったように笑って言った。
ーーー私も、
ハルくんと同じクラスになれたら…って思うよ。
かすみ先輩が、そうだったように…。