ハルの本音
眠りから覚めると、新年になっていた。
いつも起きるときに感じる肌寒さも、
今日はなんだか心地良い。
――――家族でおせちとお雑煮を食べ、
私は支度にとりかかる。
『巻いたの初めて見た…可愛いね』
文化祭の時にハルくんが言ったことばを思い出して、
私は今日も長い髪を、巻いていくことにした。
メイクもしたし、どこかおかしなとこないかな?
鏡を見ながら、ふと部屋に置かれたままのマフラーに気付く。
―――あ、咲のマフラー…私、まだ返してなかったな。
クリスマスに公園でキスされてから、まだ会えずにいたのだ。
手にとるが、やっぱり置いてあった場所に置く。
サク……もう少し時間をちょうだい…。
ちゃんと向き合って、話せるようになるまで…。
10時より少し前に家を出ると、
ちょうどハルくんも隣の家から出てくるところだった。
「明けましておめでとう、茗子ちゃん」
「おめでとう…」
やっぱり心臓に悪い。
―――急に現れないでよ…。
「行こっか」
ハルくんが笑顔で言うと、歩き出したーー。
私もあわてて並んで歩く。
―――なんだか、デートみたい…。
ドキドキしながら歩いて神社へ着くと、
毎年ながら、すごい人だった。
人混みの中を歩いていると、
先を行くハルくんの背中が見えなくなりそうになる。
「ハルくん…」
私の呼び掛けに、振り返ったハルくんが、
ほら、と手を伸ばしてきた。
「はぐれちゃうよ?」
ハルくんが言うので、私は赤面しながらも、
差し出された手をとる。
人混みの中を抜けて、
並んで参拝の順番を待っていると、
ハルくんが私の顔を見て、ホッとしたように言った。
「でもホント良かった」
「え?」
「返事来なかったからさ…ダメかなって諦めてた」
「あ…」
――――まさか、誘われたことに有頂天で、
自分の中で答えが“イエス”しかあり得なくて、
返事し忘れてたなんて、言えない…。
「合格祈願、ちゃんとしたくて…茗子ちゃんの」
「え、なんで?」
「俺が前日連れ回したせいだろ…風邪引かせて…」
「それは違うよ、ハルくんは息抜きに連れ出してくれただけでしょ?」
私がついハルくんの顔を覗き込んで言うと、
近くに困ったように笑うハルくんがあって、
心臓が高鳴る。
「邪魔したかったんだ」
高鳴った心臓が、そのまま止まるかと思った。
「え?」
―――邪魔したかった、って?
ハルくん、どうしてそんなひどいこと…。
「あの日…本当はーー心のどこかで、明日受からなきゃいいって思ってた…」
「え?」
「やっぱり…俺、茗子には西高に来て欲しかったから…」
――――そんな、ひどい…。
私の気持ち分かってないの?
また、そんな期待させるようなこと…。
私はハルくんと繋いでいた手を自分から離すと、
泣きそうになるのを堪え、唇を噛み締める。
「朝とか茗子がいないと―――…」
「澤野くん!」
ハルくんが何か言おうとしてたところに、
声をかけられる。
私と同時にハルくんも呼ばれた方を向く。
―――見るからに大人っぽい、
女の人達が数人でにこやかに近付いてくる。
「明けましておめでとう!新年早々澤野くんに会えるなんて嬉しいー!」
「クリスマスパーティーも来てくれないし、初詣も断られるし、私達寂しかったんだよ~」
―――ハルくんの、高校の知り合いかな?
私は隣でやり取りを見ていると、
私の存在にやっと気付いたように一人が冷ややかな目で言う。
「で、澤野くん、この子、誰?」
――――怖い…。
「先輩たち、怖がらせないでよ…。この子は、俺の幼馴染みの茗子」
ハルくんが私の怯えに気付いて、庇うように言う。
「あぁ、この子があの、噂の」
「へぇーまだ中学生かぁ、カワイイー」
先輩たちは、バカにしたように笑いながら言う。
「あれ、何やってるの?」
すると、男の人が突然話に入ってきた。
「あ…」
私はその人の顔を見て、見覚えがあるなと思い、
必死に思い出そうとする。
――――確か、西高文化祭の時にいきなりナンパしてきた人だ。
「比嘉さん…」
ハルくんが呟いて、私は名前を思い出した。
―――比嘉涼介さんだ。
「なんだ、澤野春か…。」
つまらなそうな顔で、比嘉さんが言うと、
さっきまで怖い顔をしていた女の先輩達が、
可愛く豹変する。
「あ、比嘉くん!!」
「こんなところで、うちの高校のモテ男子二人に会えるなんて…本当今日ツイてるわ~」
「ねぇ、比嘉くん、この後ヒマ?」
「いや、この後デート。今もデート中だけど」
見るとキレイな女の人が比嘉さんの後ろに隠れるように立っていた。
「え、ちょっと…比嘉くんもう彼女できたの?」
「こないだ別れたばっかだよね―?ショックー!」
「モテモテなんで。」
自信満々にそう言うと、じゃあな、と歩いて行こうとする。
「ん?」
でも去り際に私と目が合って、
比嘉さんが立ち止まった。
「メイコちゃんじゃん、え、何?もしかして、澤野春と、知り合いなワケ?」
「……」
私が何も言わずに下を向いていると、
「あ、もしかして、お前の噂の幼馴染みって、メイコちゃんなの?おもしれー」
比嘉さんが笑いながら言うと、
「だったら、何ですか?比嘉さんには、関係ないですよね?」
ハルくんが真剣な顔をして言う。
「んだよ…。」
ばつ悪そうに言うと、
ちょうど参拝の順番になり、
比嘉さんも先輩達も居なくなった。
「なんか、ごめんな…」
帰り際になって、ずっと黙っていたハルくんが口を開く。
「私、高校でもすでに有名人なんだねー」
私は、明るく振る舞う。
「本当に、嫌になるよね…」
ハルくんが吐き捨てるように言った。
「また中学の時みたいに…茗子ちゃん巻き込んでるよね…」
--――ハルくん…。
「なんで、放っといてくれないんだろね…」
「ハルくん、格好いいから…モテるから…」
「全然格好良くなんて、ない!!」
私の言葉に、ハルくんが突然声を荒げ、立ち止まった。
「俺…誰にでも愛想良くして…嫌われるのが怖いだけのへたれなんだ…。」
苦しそうにハルくんが言う。
――――ハルくん…。