クリスマス
クリスマスイブの夜。
お母さんと、二人で夕食を食べていると、
「本当ごめんね…明日。」
箸を置くと、お母さんが改まって言う。
「何、どうしたの?」
「いや、本当…母親失格だわ…」
いつになく落ち込んだ様子の母に私は明るく笑い飛ばす。
「大袈裟!!」
「春くんのお母さん、明日いらっしゃいって言ってくれてたわよ。茗子、受験前日だし、行くつもりあったら、だけど。」
―――気遣ってもらって、余計に虚しくなる。
「大丈夫、一人でカップ麺でも食べるし」
私は気にしない素振りでご飯を食べた。
翌朝、
「行ってきます」
出勤前のお母さんに声をかけながら何気なく玄関を開けると、
会いたくないのに、
ハルくんと顔をあわせてしまった。
「茗子ちゃん、おはよ」
「…おはよ」
話したくなくて、背を向けて歩き出そうとすると、
「今日、待ってるよ」
ハルくんの声が聞こえた。
――――待たないでよ、ばか。
放課後になり、みんな、いそいそと帰り出す。
「ごめん、今日一緒に帰れなくて…」
菜奈がすまなそうに言う。
「デートでしょ、ほら、甚待ってるよ」
気を付けて帰って、と私に言うと、
菜奈は教室を小走りで出ていく。
暗くなる前に、帰らなきゃー――。
ふと、窓の外を見ると、雪がちらつき始めた。
「初雪…」
雪を見ていると、正門に人だかりが見えた。
―――ハルくんだ。
ドキンと胸が高鳴る。
なんで、ここに?
部活は?
「茗子ちゃん…」
私が正門に向かうと、ハルくんが手を軽くあげた。
私が近づくと、ハルくんの周りにいた女子が急に居なくなった。
「どうしたの?」
「茗子ちゃん、待ってた」
「な、なんで?」
「一緒に帰ろうと思って」
ハルくんが大人びた顔で微笑む。
――――妹だって言ってたのに、なんで期待させるんだろ。
「茗子、今日時間ある?」
「ないよ、私、明日受験だよ?」
きっぱりと言い放つ。
「うわ、なんか、カリカリしてる…」
―――誰のせいだと思ってるの?
しばらく行くと、
いつもの帰り道とは違う道を行こうとするハルくんに、私は思わず聞いてしまった。
「ハルくん、どこ行くの?家、こっちでしょー-」
「息抜きに」
ハルくんはそう言うと、私の手をとって引っ張るように歩き出す。
――――手、手を繋いでる…。
意識が手に集中してしまう。
緊張して、手から汗が出ている気がした。
手袋すれば良かった…。
今日に限って家に忘れてきた手袋に後悔する。
「ほら、見て」
ハルくんの声で気がつくと、
いつの間にか街のメインストリートまで連れて来られていた私は、
イルミネーションの凄さに、
思わず見とれてしまう。
「綺麗…」
光で雪がきらめいて見える…。
自然と頬が緩んで、魅入っていた。
「ありがとう」
街のイルミネーションの中を歩きながら、
家へと向かう。
「良かった、茗子が笑って」
――――今、呼び捨てした?
ドキッとして、顔を伏せる。
―――呼び捨てなんて…びっくりした。
「南高、結局受けるんだね…」
ハルくんが静かに言う。
「第一希望だから」
私は自分の声が震えているように感じた。
「そっか、頑張ってね」
ハルくんが言う。でも全く感情がこもっていない、『頑張って』だった…。
「そんなことより、良いの?こんなとこで私なんかと一緒で…。ハルくん、絶対今日誰かにデート誘われてるでしょ?」
ふざけて言うと、
「うん、でも、全部断ったよ?」
―――え、なんで?
聞こうとすると、
ちょうどサクが家の近くのコンビニから出て、
こちらへ歩いてくることに気がついた。
腕にキスされて以来、
会わないように避けていた私は、
気まずくて、立ち止まる。
――――どうしよう、どうしよう。
「茗子?」
サクが私とハルくんに気付いて立ち止まる。
「あ、サク…」
私がわざとらしく今気付いたように声をかける。
「春とデート?」
サクが傷付いたような顔をして言った。
「違うよ、息抜き」
ハルくんがサクに言う。
すると、
「は?」
サクが、突然ハルくんに掴みかかっていった。
コンビニの袋が道路に落ちて、中から飲み物が転がる。
―――突然のことに、私は足がすくむ。
「なんだよ、サク言いたいことあるなら言えよ」
胸ぐらを掴まれてるハルくんが、挑発的な態度をとる。
「お前、いい加減にしろよっ」
―――サク、どうして怒ってるの?
訳もわからず、オロオロしている私は次の瞬間、
思考が停止した。
ハルくんがサクを殴り飛ばしたのだ―――。
サクも殴られた右頬を押さえて、
驚いたようにハルくんを見る。
「お前も、いい加減に止めたら?いつまでもそうやってー-ー」
「テメェ…」
起き上がったサクがハルくんに殴りかかろうとして、
私は泣きそうになりながら間に入る。
「やめてよ…どうしたの?二人とも…」
―――こんなの、やだよ。
ハルくんは、俺帰るわ…とそのまま家に行ってしまった。
―――あんな怒るハルくん、初めて見た…。
怖かった…。
イルミネーションを見ていたときの幸せな気持ちが一気に崩れていく。
今になって、ポロポロ涙が溢れてきた。
「茗子…」
かける言葉がないサクが、
黙って私の手を引いて、
家の前の公園に連れてくる。
「ごめん、俺…頭に血がのぼって…」
サクの口の端が赤くなっている。
「あいつが、茗子のこと、息抜きに使ったのかと考えると許せなくて…」
「え、違うよ、サク」
私はそこで初めて、サクが勘違いして怒っていたのだと知った。
「息抜き、って私のだよ。明日私受験で、カリカリしてるからって、ハルくんが」
「っなんだそれ…」
サクが急にホッとしたように言う。
「俺、早とちりして…」
「うん…」
そこで急に会話が途切れて、
お互いぎこちない空気になる。
「―――俺さ、茗子のこと、分かってた」
吹っ切れたように突然サクが話し始めた。
なんとなく、私の気持ちについて話しているのだと分かった。
サクは隣に座っている私の顔は見ず、
前を向いてポツリポツリ話し出す。
「でもさ、あいつがあんな態度なことが本当許せなくて…」
「サク…」
「あいつと付き合ってくれたら、俺も諦めつくのにな…」
そう言うと、私の目を見つめる。
「サク…」
私が名前を呼び終わらないうちに、
サクは、私の唇を塞いだ。
「んっ」
―――初めて航くんとキスをした時とは違う、
強引で力強い口付けに、
私は戸惑いながら、必死に抵抗した。
でも…力で敵うはずもなく、
両方の手首を片手で押さえつけられ、
片手は私の後頭部を固定して…、
次の瞬間、舌が私の唇を割って入ってきたー-ー。
「う…っん」
「…茗子、泣くなよ…」
涙が流れて、
私の頬が濡れていることに気がついたサクは、
私から、両手を離して、言った。
口の中に、ほのかに血の味がした。
「茗子…好きだ、ずっと前から…」
サクの顔は、私よりつらそうに見えた。
切ない気持ちでいっぱいになる。
「サク…」
―――応えられないと知っていて、それでも告げたのだと分かっていた。
私が、ごめんと言おうとすると、
サクは、立ち上がって、乱暴に自分のマフラーを私の首に巻き付ける。
「俺、謝らないから」
そして、涙目で言った。
「だから、茗子も、謝らないで…」
――――ホワイトクリスマスの夜。
私は、どれくらい公園にいたのか分からない。
気がついたら、家に帰っていて、
机に向かっていた。
サク……。
キスされたこともショックだった、
でもそれより、
サクの気持ちに自分が重なってつらかった。
一つ年下の男の子。
私にとっては、弟……。
それは、
まるで私を妹だという、ハルくんと同じ―――。