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いっこの差  作者: 夢呂
【第一章 】
38/283

クリスマス

クリスマスイブの夜。


お母さんと、二人で夕食を食べていると、

「本当ごめんね…明日。」

箸を置くと、お母さんが改まって言う。

「何、どうしたの?」

「いや、本当…母親失格だわ…」

いつになく落ち込んだ様子の母に私は明るく笑い飛ばす。

「大袈裟!!」


「春くんのお母さん、明日いらっしゃいって言ってくれてたわよ。茗子、受験前日だし、行くつもりあったら、だけど。」


―――気遣ってもらって、余計に虚しくなる。


「大丈夫、一人でカップ麺でも食べるし」

私は気にしない素振りでご飯を食べた。








翌朝、

「行ってきます」

出勤前のお母さんに声をかけながら何気なく玄関を開けると、

会いたくないのに、

ハルくんと顔をあわせてしまった。


「茗子ちゃん、おはよ」

「…おはよ」

話したくなくて、背を向けて歩き出そうとすると、

「今日、待ってるよ」

ハルくんの声が聞こえた。



――――待たないでよ、ばか。





放課後になり、みんな、いそいそと帰り出す。

「ごめん、今日一緒に帰れなくて…」

菜奈がすまなそうに言う。

「デートでしょ、ほら、甚待ってるよ」

気を付けて帰って、と私に言うと、

菜奈は教室を小走りで出ていく。


暗くなる前に、帰らなきゃー――。


ふと、窓の外を見ると、雪がちらつき始めた。

「初雪…」


雪を見ていると、正門に人だかりが見えた。


―――ハルくんだ。


ドキンと胸が高鳴る。


なんで、ここに?

部活は?



「茗子ちゃん…」

私が正門に向かうと、ハルくんが手を軽くあげた。

私が近づくと、ハルくんの周りにいた女子が急に居なくなった。



「どうしたの?」

「茗子ちゃん、待ってた」

「な、なんで?」

「一緒に帰ろうと思って」

ハルくんが大人びた顔で微笑む。


――――妹だって言ってたのに、なんで期待させるんだろ。



「茗子、今日時間ある?」

「ないよ、私、明日受験だよ?」

きっぱりと言い放つ。

「うわ、なんか、カリカリしてる…」


―――誰のせいだと思ってるの?


しばらく行くと、

いつもの帰り道とは違う道を行こうとするハルくんに、私は思わず聞いてしまった。

「ハルくん、どこ行くの?家、こっちでしょー-」


「息抜きに」

ハルくんはそう言うと、私の手をとって引っ張るように歩き出す。


――――手、手を繋いでる…。

意識が手に集中してしまう。

緊張して、手から汗が出ている気がした。


手袋すれば良かった…。

今日に限って家に忘れてきた手袋に後悔する。



「ほら、見て」

ハルくんの声で気がつくと、

いつの間にか街のメインストリートまで連れて来られていた私は、

イルミネーションの凄さに、

思わず見とれてしまう。


「綺麗…」

光で雪がきらめいて見える…。


自然と頬が緩んで、魅入っていた。



「ありがとう」

街のイルミネーションの中を歩きながら、

家へと向かう。


「良かった、茗子が笑って」

――――今、呼び捨てした?

ドキッとして、顔を伏せる。

―――呼び捨てなんて…びっくりした。



「南高、結局受けるんだね…」

ハルくんが静かに言う。

「第一希望だから」

私は自分の声が震えているように感じた。


「そっか、頑張ってね」

ハルくんが言う。でも全く感情がこもっていない、『頑張って』だった…。



「そんなことより、良いの?こんなとこで私なんかと一緒で…。ハルくん、絶対今日誰かにデート誘われてるでしょ?」

ふざけて言うと、

「うん、でも、全部断ったよ?」

―――え、なんで?



聞こうとすると、

ちょうどサクが家の近くのコンビニから出て、

こちらへ歩いてくることに気がついた。


腕にキスされて以来、

会わないように避けていた私は、

気まずくて、立ち止まる。




――――どうしよう、どうしよう。



「茗子?」

サクが私とハルくんに気付いて立ち止まる。


「あ、サク…」

私がわざとらしく今気付いたように声をかける。


「春とデート?」

サクが傷付いたような顔をして言った。


「違うよ、息抜き」

ハルくんがサクに言う。

すると、

「は?」

サクが、突然ハルくんに掴みかかっていった。

コンビニの袋が道路に落ちて、中から飲み物が転がる。

―――突然のことに、私は足がすくむ。


「なんだよ、サク言いたいことあるなら言えよ」

胸ぐらを掴まれてるハルくんが、挑発的な態度をとる。

「お前、いい加減にしろよっ」

―――サク、どうして怒ってるの?

訳もわからず、オロオロしている私は次の瞬間、

思考が停止した。


ハルくんがサクを殴り飛ばしたのだ―――。


サクも殴られた右頬を押さえて、

驚いたようにハルくんを見る。



「お前も、いい加減に止めたら?いつまでもそうやってー-ー」

「テメェ…」

起き上がったサクがハルくんに殴りかかろうとして、

私は泣きそうになりながら間に入る。



「やめてよ…どうしたの?二人とも…」

―――こんなの、やだよ。



ハルくんは、俺帰るわ…とそのまま家に行ってしまった。


―――あんな怒るハルくん、初めて見た…。

怖かった…。


イルミネーションを見ていたときの幸せな気持ちが一気に崩れていく。


今になって、ポロポロ涙が溢れてきた。



「茗子…」

かける言葉がないサクが、

黙って私の手を引いて、

家の前の公園に連れてくる。


「ごめん、俺…頭に血がのぼって…」

サクの口の端が赤くなっている。


「あいつが、茗子のこと、息抜きに使ったのかと考えると許せなくて…」

「え、違うよ、サク」

私はそこで初めて、サクが勘違いして怒っていたのだと知った。


「息抜き、って私のだよ。明日私受験で、カリカリしてるからって、ハルくんが」


「っなんだそれ…」

サクが急にホッとしたように言う。


「俺、早とちりして…」

「うん…」


そこで急に会話が途切れて、

お互いぎこちない空気になる。



「―――俺さ、茗子のこと、分かってた」

吹っ切れたように突然サクが話し始めた。


なんとなく、私の気持ちについて話しているのだと分かった。


サクは隣に座っている私の顔は見ず、

前を向いてポツリポツリ話し出す。


「でもさ、あいつがあんな態度なことが本当許せなくて…」

「サク…」

「あいつと付き合ってくれたら、俺も諦めつくのにな…」


そう言うと、私の目を見つめる。

「サク…」

私が名前を呼び終わらないうちに、

サクは、私の唇を塞いだ。

「んっ」


―――初めて航くんとキスをした時とは違う、

強引で力強い口付けに、

私は戸惑いながら、必死に抵抗した。



でも…力で敵うはずもなく、

両方の手首を片手で押さえつけられ、

片手は私の後頭部を固定して…、

次の瞬間、舌が私の唇を割って入ってきたー-ー。

「う…っん」



「…茗子、泣くなよ…」

涙が流れて、

私の頬が濡れていることに気がついたサクは、

私から、両手を離して、言った。

口の中に、ほのかに血の味がした。



「茗子…好きだ、ずっと前から…」

サクの顔は、私よりつらそうに見えた。


切ない気持ちでいっぱいになる。

「サク…」

―――応えられないと知っていて、それでも告げたのだと分かっていた。

私が、ごめんと言おうとすると、

サクは、立ち上がって、乱暴に自分のマフラーを私の首に巻き付ける。

「俺、謝らないから」

そして、涙目で言った。

「だから、茗子も、謝らないで…」




――――ホワイトクリスマスの夜。

私は、どれくらい公園にいたのか分からない。


気がついたら、家に帰っていて、

机に向かっていた。



サク……。


キスされたこともショックだった、

でもそれより、

サクの気持ちに自分が重なってつらかった。


一つ年下の男の子。

私にとっては、弟……。


それは、

まるで私を妹だという、ハルくんと同じ―――。












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