二人きりの時間
「――――こんな、感じで、どおかな?」
ハルくんのきれいな指先に、シャープペンの走る音。
見とれていると、
スラスラッと英訳して、その手が止まる。
―――二人きりのリビング、二人きりの時間。
私だけの…ハルくん。
意識せずにいられるはずもなく、
ハルくんの話も、耳に入ってこない。
結局、ハルくんの家でごはんを食べた後、
私の家で文化祭の台本作りに協力してくれたハルくん。
「あ、もう21時か…」
ハルくんが時計を見て言った。
「おばさん、遅いんだね…」
「お父さんと、仲良くしてるんだと思うよ」
本を閉じながら私は答える。
着替えを持っていく日は、いつも23時前後に帰ってくる。
なかなか合わない夫婦の時間。
翌朝のお母さんの幸せそうな雰囲気から察するに、
貴重な時間なのだろう。
「はは、仲良いんだね」
ハルくんが笑いながら立ち上がる。
「じゃ、俺帰るけど…、大丈夫?」
「あ、大丈夫!ゴメンね、付き合わせちゃって…」
「鍵、締めとけよ?―――こないだ、怖い目にあったばかりなんだし…」
ハルくんが心配そうに私を見つめる。
――――なんで、ハルくんが知ってるの?
私は驚いてハルくんを見る。
「母さんから聞いた。おばさんがサクに帰り道一緒に帰るように言ったんだってね…」
私は唖然として、動けずにいると、
「俺は、サクなら喜んで引き受けたと思うし、断らなくても良かったと思うけど?サクに気を遣って断ったの?」
「え、べつにそんなんじゃ…」
「俺が一緒に帰れたら良かったんだけどな…」
ハルくんが小さく呟いて、
じゃあ、とリビングを出ていく。
「おやすみ…なさい」
私はリビングにのソファに座り込むと、
家の玄関が閉まる音が聞こえて、息をつく。
今、俺が一緒に帰れたらって…言った?
ううん、聞き違いかも…。
―――もう、ドキドキして、心臓持たない…。
寝不足と、緊張から解放された安心感からか、
急にまぶたが重くなってきて、私はソファに横になった。
――――あれ?
ハルくんの声?
遠くから、私の好きな声が聞こえる。
「茗子…寝てる…?」
ふわっと暖かい毛布にくるまれた温かさ。
私の頭を撫でる大きな手。
――――なんて、都合のいい夢。
私は笑ってしまう。
「あら、ハルくん…」
「あ、すみません、今日一緒に台本作ってたんですが、鍵閉めずに茗子ちゃん寝ちゃったみたいでー――。これ、返し忘れてたシャープペンです、渡しといてください。」
―-―-なんか、話し声がする…。
バタバタと誰かの走り去る音がして、
私は目を開ける。
あ、私うっかりソファで寝ちゃってた…。
何時だろ…
時計を見ると23時だった。
体を起こすと、キッチンにお母さんがいた。
同時に肩にブランケットがかけられていたことに気付く。
「あ、お帰り」
目を擦りながら、言うと、
「そんなとこで寝て、風邪引くわよー」
お母さんがお茶を入れて、キッチンから持ってきた。
私にも手渡すと、隣に座って、言う。
「あんた、鍵閉めずに寝てたんだって?」
「え…」
―――あ、そうだ!かけなきゃと思う前に睡魔に負けて…。
今になってさぁっと血の気が引く。
「ハルくんに渡されたわ、シャープペン。あんたが寝てたから、心配してさっきまでここにいてくれたみたいよ?」
ほら、と私にシャープペンを渡しながら呆れたようにお母さんが言う。
――――さっき、まで?
ドキンと胸が高鳴る。
「ハルくん、本当出来た男だわ…今時珍しいわよ、まったくー--」
うっとりしたように呟くお母さんの隣で、
私はまだ混乱したまま、渡されたシャープペンを握りしめる。
―――――夢、じゃない?
私を呼ぶ声も、
頭に感じた手の温もりもー-ー。