結衣と咲 ~咲目線~
最悪だー―――。
俺は、結衣先輩を部屋から追い出すと、
ベッドに倒れ込む。
しつこく誘われていった花火大会……、
やっぱり行かなきゃ良かった。
目を閉じると、あの時見てしまったことが
思い出したくもないのに、また回想される。
――――花火の音が響く中で、
たまたま先を歩いていた茗子を見つけた。
浴衣姿が眩しくて、見惚れてしまう。
ふと、隣を歩く人を見て、俺は衝撃を受けた。
――――あいつ、今日の試合の…。
サッカーの試合の時、見かけた顔だと気付いて、
嫉妬する。
すると、次の瞬間、
茗子が、そいつにキスされていた。
しつこく隣で話し掛けてくる結衣先輩が勝手に腕を組んできたのを、
振り払おうとした時の、ほんの一瞬のことだった。
ショックで立ち尽くす。
茗子はそのあと我に返ったように、
すぐに唇を手で押さえてそいつに背を向けると、
俺の方へ走ってくる。
「あ…」
俺は気付かれたと思って、
慌てて何か言おうとするが、
茗子は顔を伏せたまま、俺の横を素通りした……。
俺のことには、気がつきもせずに―――。
「どうしたの、咲ちゃん?」
腕を引っ張って、結衣先輩が言う。
「うるさい。」
俺は乱暴に腕を振りほどくと、茗子の後を追おうとする。
「ったぁ…」
弾みで、結衣先輩が尻もちをつく。
「足、挫いたかも…」
顔をしかめて言われると、俺は何も言えなかった。
「ねぇ、サクちゃん部屋まで連れてってくれる?」
妖しく微笑んだ結衣先輩に、つられて、
嫉妬でどうしようもなく苦しくて、
茗子へのぶつけられない想いを、
目の前にいる女に刻んだ…。
彼女を茗子の身代わりとしてー―ー。
一度、関係を持ったら、
結衣先輩は以前よりもしつこく付きまとうようになった。
もともと、
結衣はサッカー部のマネージャーだった。
他の男子からも可愛いと人気があったので、
サッカー部員と付き合ったり別れたり、
何かと噂の絶えない女だった。
「ねぇサクちゃん、メイコって、誰?」
―――ある日、突然結衣が尋ねる。
結衣の部屋で、脱ぎ散らかしていた服を着ながら、
俺は驚いて、その手を止めた。
「何、いきなり…」
「前に聞いたの、サクちゃんの寝言。」
ベッドに服を着ずに横たわったまま、結衣は上目遣いで言う。
「もしかして、初恋のひと?…なんて、ね」
「………」
「うっそ、当たり?」
結衣が軽く笑って言う。
「咲ちゃん、可愛い…」
「その呼び方、やめろよ!!」
茗子が俺を呼ぶ時の…“弟”扱いみたいな、呼び方。
同じように呼ばれても、不愉快でしかない。
今は、特にイラついた。
乱暴にドアを閉めると、俺は家に帰る。
あの日もそうだった。
―――母親に夕ごはんは茗子の家で食べるように言われ、なんとなくドキッとしながら、そわそわと部活へ向かった。
そして、部活の帰りにたまたま目撃してしまった。
――――図書館にいる、春と茗子を。
机に向かう茗子の隣で本を読んでいる春を、
胸が締め付けられるのを感じながら見つめていた。
――――本当、お似合い、だよな…。
「咲ちゃん、今日、部屋にあがっても、良い?」
後ろから声をかけられて、結衣の存在に気付く。
―――いつから…。
なんとなく気持ちを見透かされた気がして、
早足でその場を去る。
「もしかして、今のがメイコさん?」
―――見てたのか。
「こないだ、彼氏とキスしてた子だよね。確か長岡中のサッカー部の…」
結衣が思い出したように、続ける。
「そうそう、イケメンの、仲西くん!」
―――春ならまだしも、
全然俺の知らない奴に……。
またドロドロした感情で、
心の中が汚れていく気がした。
部屋に入って、音楽をかける。
「ね、サクちゃん、今日こそキスしてよ…」
結衣が唇を近づけてくる。
俺はそれを避けるように、結衣をベッドに押し倒した。
服を脱がせて、
結衣の肌に手を伸ばしかけたとき、
ガチャッとドアが開く。
驚いて、ドアの方を向くと、
茗子が立っていた。
信じられなくて、
固まったまま身動きができずにいると、
茗子が「ごめんなさい」と小さく呟くと、
慌てた様子ですぐにドアを閉めた。
「サクちゃ…」
「帰って、先輩。」
遮るように言うと、俺は服を着た。
「ちょっと…」
「さっさと帰れよ!!」
怒鳴り付けると、結衣はビクッと肩を震わせて、
すぐに服を着て部屋を出ていった。
――――一番見られたくないところを、
一番見られたくない人に見られた。
自分のしてきたことが情けなくて、
ため息が出る。
なんで、茗子が俺の部屋に…
ふと疑問に思いつつ、
部屋のドアを開けると茗子が立っていた。
結衣が降りていった階段の方を見つめたまま、
固まっていた。
俺が呼び掛けると、茗子は思い出したように、
お母さんに頼まれて呼びに来た、と言った。
―――そうだった、忘れてた…。
なぜか、傷付いたような表情の茗子。
俺のせいなのか?
嫉妬でもしてくれたのかと、
少し嬉しく思うと、茗子が謝ってきた。
「ごめん、邪魔するつもり、なくて…」
茗子のことばに、
傷付いたような表情をしていたのは、嫉妬などではなく、
ただ邪魔をしてしまったという罪悪感からだと知る。
「別に、ただの暇潰しだし。」
―――嫉妬なんか、するわけないのに。
分かっていたはずなのに自分の愚かさに苛つき、
茗子は悪くないのに、ついひどい言い方になってしまう。
茗子は、悲しそうに言った。
「なんか、変わったね、サク…」
背を向けて、階段を駆け降りていく茗子の足音を、
聞きながら俺は心の中で嘆く。
――――変わった?
何も、変わってないよ、茗子への想いだけは何も…。