過去のトラウマ
「斎藤って、茗子のこと、好きらしいよ?」
中学一年のバレンタイン前日の放課後、
明日のバレンタインの話でクラスで仲良くなった女子達と盛り上がっていると、
一人が突然私の話題に変えた。
「なんか、男子と話してるの聞いちゃったんだ。」
「え…」驚いて何も言えずに、話の続きを聞く。
「今年のバレンタインデー、茗子から貰うんだ~って、宣言したらしい」
「バカだねー、どっからその自信くるんだか」
ケラケラ笑いながら、友達がつっこむ。
「茗子はあげないんでしょ?だって、春先輩が好きなんだよね?」
「っていうか、考えてなかった…」
ーーー私を好き? 斎藤くんが?
「賭け、してるらしいよ。明日チョコもらえるか」
「うわ、サイテー。ガキだわー」
ーーー賭け?
「明日、賭けに負け方が、坊主になるらしいよ。クラスの男子ほとんどが“貰えない”に賭けてるから、茗子がもしチョコ渡したら、クラス中が坊主だね」
「ちょ、それマジ?ウケるじゃん!」
面白おかしく言う友達に、曖昧に笑うと、
私は席を立つ。
「あ、私、そろそろ帰らないと…」
「待ってよ茗子、明日チョコ渡したら?」
友達のからかうような態度に、ほんの少し嫌気がさす。
「渡さないよ、私は…」
「なんだぁ、つまんないの…」
「見たかったよね、クラスの男子が全員坊主!」
バカにしたような笑い声を聞くのが、
なんだかいたたまれなくて、私は教室を出る。
教室を出ると、
向かいから斎藤くんが廊下を走ってくるのが見えた。
「相田、今帰り?」
「うん…」
「俺、忘れ物取りに来たんだ。じゃあ」
「今、教室入らない方が良いよ?」
私が焦って止めると、斎藤くんが立ち止まって首をかしげる。
「え、何で?俺、部活あるし急がないと…」
「いいから、やめなって」
「相田、なんか理由あるなら言ってよ。あ、もしかして、女子が俺のこと噂してたりしてー」
「そうだよ……明日の賭けの話で盛り上がってたよ」
おどけて言う斎藤くんに、
私は苛立ちをぶつけるように口走ってた。
「え…」
驚いて顔から笑みが消える斎藤くんを一瞥して、
私は帰ろうとする。
「え、ちょっと、なんか相田誤解してる?俺、そんなつもりじゃ…」
「バイバイ」
ーーー友達だと、思ってたのに。
ショックで、悲しくて、私はもう話したくもなかった。
そして、翌日、斎藤くんは坊主になって登校してきた。
皆に弄られても、
彼はただ、カラ元気な表情で笑っていた。