斎藤くん
「なんで雅臣くん、立候補したのー?」
昼休みが終わるぐらいに、教室へと戻ろうとすると、
斎藤くんが、ドア近くの席で女子に囲まれていた。
口々に不満をぶつけている。
私は入りにくくて、ドアの前で立ち止まった。
「まさか、まだあの悪女のこと好きなの?」
「だまされてるんだよ、まさくん!」
「そうだよ、仲西くんみたいに遊ばれて捨てられるって」
すると、黙っていた斎藤くんが、うんざりしたような声で言う。
「あのさぁ、俺、自分の意思で立候補したんだよね。それに、クラスの女子からヒトの悪口とか聞くと、気分悪いんだけど」
彼のことばに女子は黙り込む。
「だいだい、その噂って私立中の女子が言いふらしてたやつだろ、俺も聞いたから知ってる。でもさ、なんで知らない女の子の話信じるの?友達に確かめもしないで…」
「確かに…」
他の男子も、斎藤くんの言葉に納得する。
女子たちもそれ以上、何も言わなかった。
「あれ?茗子、入らないの?授業始まるよ?」
甚のクラスから戻った菜奈が私に言う。
「あ、うん」
ドアを開けて足を踏み入れる。
ちょうど午後の授業の開始のチャイムが鳴り、
皆が席につく。
私はチラッと斎藤くんを見た。
斎藤くんも私の方を見ていて、目が合う。
ーーーやば。
すぐに目をそらすと、私も席に着いた。
ーーーー中一の時に同じクラスだった斎藤くん。
入学からしばらく経って、
休んだ子の代わりに日直当番を引き受けた日に、
彼と初めてことばを交わした。
「あれ?日直の代わりって相田なの?」
「うん、先生に頼まれて」
「え、大変だね、こないだ順番回ってきたばっかりだろ?」
「その分、今度は今日休んだ相馬さんがまってくれるから、大丈夫」
「へぇ」
何気ないこんな会話からはじまり、
それから、
毎日話し掛けられるようになった。
特に長話をするわけでもなく、
朝会えば挨拶したり、宿題について話したり。
話すことが苦手な私は、
自分から動けなかったから、
友達として仲良くしてくれて、
クラスに馴染めたのも斎藤くんのお陰だと思っていた。
彼の誰にでも接することができる明るさは眩しかったし、
彼の周りには友達がたくさんいて、
羨ましくもあった。
中一のバレンタインデーの前日、
あの日に斎藤くんの本音を聞いてしまうまでは、友達だと、思っていたのにーーーー。