夏休み一日目
一学期が終わり、
夏休みに入るとすぐにバスケ部は須賀高校での合宿に向かった。
「いやぁ、遠いところわざわざありがとうございます」
「こちらこそ、お誘いいただきまして…」
須賀高校のバスケ部顧問の先生が、うちの先生と挨拶をしている。
「相田さん、お久しぶりです」
「あ、はい。よろしくお願いします」
須賀高校のバスケ部マネージャーの斎藤 拓海くんが出迎えてくれた。
「こちらの方は…一年生ですか?」
隣に不機嫌そうに立っていた凛ちゃんに視線を向ける。
「はい。粟野凛、新しく入ったマネージャーです」
私が紹介すると、斎藤くんが笑顔で言う。
「マネージャーの二年、斎藤です。よろしく」
「粟野です、よろしくお願いします」
凛ちゃんが笑顔で言うと斎藤くんとにこやかに握手する。
まずは宿泊場所を案内してもらう。
須賀高校は男子校なので、なんだか緊張した。
「相田さんと粟野さんは、この部屋を使ってください」
斎藤くんが言う。
「ありがとうございます」
私と凛ちゃんがお礼を言うと、
「バスケ部員は、ちょっといま寮の部屋に空きがなくて…申し訳ないんですけど、ホールに雑魚寝になります」
――――私たちの部屋は用意してもらったのに…。
なんだか申し訳ないな…。
「私も雑魚寝でも構わないですよ?」
凛ちゃんが突然そんな発言をするので、斎藤くんも私も目を丸くした。
「女の子、一人でそんなこと…ダメですよ」
焦ったように斎藤くんが言う。
「そ、そうだよ凛ちゃん。いくら私と同室が嫌だからって」
私も凛ちゃんに言う。
「どれだけ嫌かは分かってもらえてたんですね。」
凛ちゃんが睨みながら言う。
――――ゔ…。
分かってたけど面と向かって言われるとやっぱりショック…。
「茗子先輩が今夜協力してくれるなら、私仲良くしてもいいですけど?」
凛ちゃんが何か思い付いたような顔をしたと思ったら、
私に耳打ちしてくる。
「え?」
―――どういうこと?
「私が澤野くんに告白する為に、今夜この部屋を少し貸してください」
凛ちゃんがこそこそと耳元で説明する。
「えぇ?」
―――それは……。
「じゃあもう、いいですっ」
プイッと凛ちゃんが顔を背けて、行ってしまう。
――――いやいや…それは…おかしいでしょ…。
どこに自分の彼氏に告白する子の協力をする彼女がいるのよ?
「喧嘩でもしてるんですか?」
詳細を知るはずのない斎藤くんが私と凛ちゃんを交互に見ながら言う。
「えぇまぁ…」
曖昧に笑って応える。
――――夕食の時間の親睦会では、須賀高校の人達に囲まれて話をされる。
「相田さんがマネージャーなんて、西高は本当羨ましいよなー」
「うちなんて男子校だから、華がないよな。マネージャー、拓海だし。」
インターハイの時、一年生で唯一スタメンで活躍していた牧野くんが斎藤くんを見ながら嫌そうに言う。
「なんだよ、耀太!不満そうだな」
「不満!不満!」
斎藤くんが牧野くんを睨むと、牧野くんが言い返す。
「仲良いんですね」
私が二人のやり取りを見ながら言うと、
「こいつとは小学校からずっと一緒なんだ、幼馴染み」
牧野くんが言う。
「相田さんは?幼馴染みとかいるの?」
「え…」
――――牧野くんに聞かれて咄嗟に、
違うところで須賀高校の人と話していたハルくんに目が向いてしまう。
「あれ?澤野くんは彼氏だよね?」
牧野くんが私の視線の先に気づいたのか、
ハルくんを見ながら言う。
「いえ…」
私がうつ向いて答えると、
「え、別れた?じゃあ相田さんって今彼氏いないの?」
牧野くんが大きな声で言う。
―――その話題、今やめて欲しいんだけど…!!
私が赤くなったまま、困ってうつ向いていると、
「茗子の彼氏は俺ですけど?」
サクちゃんがぐいっと私の肩を抱いて、
威嚇するように牧野くんに言う。
「えっと…誰だっけ?」
牧野くんが初めて会うサクちゃんに戸惑いながら尋ねる。
「今年からバスケ部に入った、澤野 咲です」
サクちゃんが自己紹介する。
「えっ…澤野って…」
「まさか、澤野くんの弟?」
須賀高校の人達が驚いたように言う。
「そうですけど?」
サクちゃんがうんざりしたように応える。
親睦会を終えて、西高の男子は大浴場に向かう。
私と凛ちゃんは、部屋のシャワーを使うように言われているので、部屋へ戻る。
「先輩、シャワーお先にどうぞ?」
部屋に戻ると、凛ちゃんが言う。
「え?」
「え、じゃないですよ。今日、澤野くんここに来るんですから、シャワー終わったら出てってくださいね」
「そんな…」
―――本気なの?
私が困って立ち尽くしていると、
「茗子先輩が最初に嘘ついたんですよ?私、信じてたのに…。―――今夜だけでいいから、私のお願いぐらい、聞いてくださいよ…」
凛ちゃんが涙目で言う。
『何を企んでるんだか…』
――――愛梨の言葉が頭をよぎる。
「先輩、今夜ちゃんと告白してふられたいんです…そしたら私、澤野くんのこと、ちゃんと諦めれますから」
「凛ちゃん…」
―――私はなんだかあの涙に騙された気分で廊下を歩いていた。
『澤野くんには、もうオッケー貰ってるんで。
先輩、私が連絡するまで帰ってこないで下さいね!』
私が凛ちゃんの涙に負けて、渋々頷くと、
すぐ笑顔になり言った。
――――凛ちゃんって魔性だ…。
モヤモヤを感じながら一人歩いていた。
帰ってこないでって……。
私は居る場所が無くて、途方にくれていた。
裏庭とかにベンチとか…ないかな…。
裏庭を探して歩き出す。
――――夏でも…こっちの夜はちょっと冷えるなぁ…。
半袖のTシャツに短パン姿の私は、腕をさするようにして歩く。
「…茗子?」
突然外で声をかけられて、心臓が跳ねた。
振り返ると、ハルくんが息を切らして立っていた。
「ハルくん…どうしたの?」
私が驚きながら言うと、
「茗子こそ…危ないだろこんな時間に」
ハルくんが怒ったように言う。
もしかして、心配してくれて来てくれたの?
ドキドキしながら、私はハルくんを見つめる。
「何してるんだ?こんなとこで…」
ハルくんが尋ねる。
――――今取り込み中で部屋を追い出されて…、
なんて言えないし…。
「ちょっと暑いから涼しもうかな…なんて」
私が咄嗟に嘘をつくと、ハルくんがすすっと私の腕を手で触れた。
ドキッと心臓がまた跳ねた…
――――今度は驚いた時のとは違っていた…。
「鳥肌たってるじゃん…本当に暑いの?」
ハルくんが真顔で突っ込む。
「………」
「…なんか、あった?咲と喧嘩でもしたの?」
ハルくんが優しく問い掛ける。
「サクちゃんと?喧嘩してないよ」
「…じゃあどうした?」
「実は…今…ちょっと部屋に戻れなくって…」
「え?」
私が曖昧に言うと、ハルくんが聞き返す。
「粟野と相部屋なんだろ?粟野と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩じゃないんだけど…今ちょっと邪魔になるから暫く戻れないというか…。」
「何だよそれ」
「………」
――――いや、あんまり突っ込んで聞かないで。
「あ、ハルくん、もうすぐ消灯時間になるから戻ったら?」
私がはぐらかすように言うと、
「茗子が一人でこんなとこに居るのに、戻るわけないだろ?」
ハルくんが怒ったように言う。
「―――俺が嫌なら、咲のやつ呼ぼうか?」
ハルくんが携帯電話を取り出す。
「待って…!」
私は慌ててハルくんの携帯電話を取り上げる。
――――サクちゃんは今、凛ちゃんと一緒なんだよ…!
「やっぱり咲と喧嘩したんだろ?」
ハルくんが私の言動から、誤解する。
「だから…してないって」
私とハルくんが言い合いをしていると、
パタパタと足音が聞こえた。
―――やばい、消灯時間過ぎたから、先生の見廻りかも…。
私が慌てて近くの木の後ろに隠れる。
ハルくんも咄嗟に私の後ろに隠れた。
「茗子、居るのか?」
―――サクちゃん?
チラッと覗くと、サクちゃんが私を探しているように見えた。
「サ…………」
私がサクちゃんのところに出て行こうとすると、
後ろからハルくんが私の口を手で押さえながら、
―――抱き締めた。
「澤野くん…」
後から来た凛ちゃんが言う。
「探したら可哀想だよ、今頃澤野先輩と―――」
「うるせぇ、失せろよ」
サクちゃんが声を荒げると凛ちゃんが涙目で行ってしまった。
「茗子、どこだよ…」
サクちゃんの悲しげに呟く声が聞こえてくる。
私は、
今出ていったらサクちゃんに誤解されると思うと足が動かなかった。
サクちゃんが暫くして、ゆっくりした足取りでホールに戻っていく。
「ハルくん…どうして?」
私の口を塞いでいた手を離して、私がハルくんに向き直る。
「サクちゃんが私を呼んでたのに」
「ごめん…」
ハルくんが悲しそうに言う。
「体が勝手に…」
「勝手すぎる!!」
――――付き合えないって私をフッたのは、ハルくんなのに。
今さらこんな…。
「部屋まで、送るよ…」
ハルくんが私の前を歩いて行く。
――――嫌いだって突き放してくれたら、
私だってこんな気持ちにならなくて済むのに…。
ハルくんの背中を見ながら、思う。
―――本当、勝手すぎるよ…。