彼の彼女
バスケの試合は、一回戦を勝ち上がってきた2年B組、
菜奈たちのチームが相手だった。
「茗子、負けないからね」
彩が張り切って言う。
「うちらだって、今年も練習したし!!」
愛梨が彩に言う。
試合は、35―27で、うちのクラスが勝った。
航くんの活躍もあるけど、田中くんと川合くんがバスケ経験者だったから、パス回しも上手だった。
私は…結局また足を引っ張っただけだったけど…。
「やったー勝ったね!!」
愛梨が喜んで私に抱きついてきた。
「うんっ、みんなのおかげだよ」
私が男子三人の方を見てお礼を言う。
「茗子ちゃんも、ナイスパスだったよ」
航くんが意地悪な笑顔で言う。
「あれは、パスじゃなくてシュートのつもりだったの!」
私が言うと、航くんが笑って言う。
「あれ、その台詞、去年も聞いたなー」
「知ってて言ってるでしょ、航くんの意地悪」
私が言うと、
「あはは、ごめんごめん」
航くんが楽しそうに笑う。
「航センパーイ!私たちのクラス、次準決勝なので応援してくださいよぉ」
航くんと向かい合って話していたところに、
突然私はドンッと横から肩を突き飛ばされて、
航くんの目の前には、一年生の女の子が立っていた。
「お前、いま茗子ちゃん突き飛ばしただろ」
航くんか怒ったように言う。
「エー、そんなこと杏奈するわけないじゃないですかぁ」
「大丈夫?茗子ちゃん」
突き飛ばされた拍子に転んで膝を擦りむいた私に、
航くんが立たせようと手をさしのべた。
「航先輩?彼女の前で、他の女の子に手を貸すんですか?」
――――“彼女”、じゃあこの子が噂の航くんの彼女…。
彼女が航くんを睨んでから、私の方を向く。
「相田先輩?私、ぶつかりました?ぶつかってないとは思いますけど、もし、ぶつかったのならごめんなさい?立てます?」
すごく早口でしかもなんか見下ろされてるからか、
見下されている気持ちになる。
「あ、うん。大丈夫…」
私が苦笑いで言うと、
「ほらね、航先輩!大丈夫って言ってますから」
航くんの方を見て、笑顔で言う。
――――なんか、すごい子だな…。
私が圧倒されていると、
「行きましょ、グラウンド!私、試合出ますから応援してくださいね?」
航くんの腕に思いきり抱きつくようにして、引っ張っていく。
「あれが…笹井 杏奈。航の彼女よ」
いつの間にか隣に来ていた菜奈が言う。
―――あれ?菜奈も航くんのこと、呼び捨てになってる…。
“彼女”の存在よりも、その方がショックを受けた。
「うちのマネージャーに入ってきた一年生」
「そうなんだ…」
菜奈の言葉があまり入ってこない。
――――航くん、愛梨や菜奈といつの間にか呼び捨てで呼び合うようになったんだ…。
二人はサッカー部のマネージャーだから、仲良くなったんだろうな…。
「ねぇ、聞いてる?」
菜奈が私の顔の前に手を振る。
「あ、ごめん、なんだっけ?」
私が慌てて聞き直す。
「咲くんと付き合ってるって、どういう心境の変化?」
菜奈がこそっと聞く。
「それが…」
周りに誰もいないことを確認して、
菜奈には全部打ち明けた。
――――ハルくんとはケンカしたままで、いまだにちゃんと話せていないこと。
今のハルくんは私の好きだったハルくんじゃなくて、気持ちはさめてしまったこと…。
サクちゃんに、仮でもいいから三ヶ月付き合って欲しいって言われたこと。
「そっか…」
黙って話を聞いてくれた菜奈が、私の顔を見る。
私は菜奈に言った。
「菜奈、前に言ったよね、“好きな気持ちが変わるのはいけないこと?”って」
「言った?そんなこと」
菜奈が苦笑いで言う。
「今も…ハルくんを好きな気持ちが無くなったなんて…自分でも信じられない。
サクちゃんに仮でもいいから付き合ってって言われたとき、
私も変われるのかなって…好きな気持ちがサクちゃんに変わるのかなってちょっと思ったんだ…」
「それで?どう?一ヶ月経ったんでしょ?」
菜奈が尋ねる。
「サクちゃんは好きだよ、でもそれは幼馴染みの時の好きと変わらないの…。―――どうしたら、この気持ちが変わるのかな…」
菜奈が私の嘆きに近い声を聞いてから、口を開いた。
「――ねぇ、茗子。別に、焦って次の恋探さなくても良いんじゃないの?」
「え…?」
「私は…甚と別れようと思ったのは、ささいな喧嘩の時、今の彼が近くで話を聞いてくれた。支えになってくれた。―――甚と過ごす時間より、彼といる時間の方が多くなったの。―――甚は悪くない。環境に流されたの、私が。」
菜奈がつらそうに話をしてくれた。
「菜奈…」
「甚は優しいから、今も変わらずに接してくれる。
―――茗子も、環境の変化で気持ちがどこに向かっているのか気がつくときが来ると思う。それまで、焦らずに待っていたら?」
「来るかな…気がつくとき」
不安になって、菜奈に聞く。
「―――私がこれを言ったら、茗子はまた悩むと思うんだけど………言ってもいい?」
菜奈が私の目を見て言う。
「なに?言って、菜奈が思うこと」
私も菜奈の目を見たまま、ドキドキしながら聞く。
「茗子は、春先輩のこと、まだ好きだと思うよ?」
「え…」
「ケンカしたって言ってたけど…傷付きたくないから喧嘩の途中で蓋閉めて、見ないようにしてる…ような気がするんだよね…」
「………」
――――そんなこと…。
「ひどいこと、言われたんだよね?」
「………」
「いつも優しいし、余裕あるし、って良いところが当たり前になってて、ひどいこと言われたら“そんなこと言う人なんて春先輩じゃない”って拒否反応…みたいな?」
「………」
「茗子は、春先輩の、何を見てきたの?」
―――菜奈の言葉が、グサグサ胸に突き刺さった。
私は…ハルくんの何を見てきたのだろう…。
『だから比嘉先輩に慰めて貰ってたんだ?』
あの言葉があまりにショックで…。
あの日、会話を放棄した。
――――他の女の子とキスしたのはハルくんなのに。
あんな言い方されて――――。
私の好きなハルくんなら、あんな言い方しない。
他の女の子とキスなんてしない。
――――それは、私が作り出した、憧れのハルくん?
ちゃんと向き合って無かったのは、私?
でも私は今………サクちゃんの――――。
ハルくんの弟の彼女……。