ケンカ
「あら、春くん。遅かったのねー」
お母さんが言うと、
ハルくんのお母さんも、
「どこ行ってたの?茗子ちゃんと一緒かと思ってたわ」
リビングにいた私と交互に見ながら言う。
「ちょっと…」
ハルくんは言葉を濁す。
「じゃあ始めましょ!!大人はシャンパンで、茗子達はこっち!」
お母さんが私とハルくんとサクちゃんにはシャンメリーをグラスにそそぐ。
「「メリークリスマス!!」」
なぜかお互いのお母さんが一番盛り上がっている。
ハルくんは、私と目も合わせてくれないし…。
チビチビとつがれたシャンメリーを飲む。
「じゃあ広子さん、うちで飲み直しましょ、ねっ」
シャンパンと料理をさんざん食べた後、
酔っ払ったハルくんのお母さんがうちのお母さんを誘う。
「あら、良いの?」
「ほら、せっかくのクリスマスだし、茗子ちゃんも春と過ごしたいと思うし!!」
「それもそうね!!じゃあ、夜中には戻るから!」
同じく酔っ払いのお母さんが、楽しそうにハルくんの家へと向かう。
「サク、あんたも帰るのよ!!」
ハルくんのお母さんがサクちゃんにも声をかける。
「カップルの邪魔よ、ほら」
ーーーーおばさん…この気遣い、今要らないですー。
心の中で叫びながら、見送る。
バタン…と玄関のドアが閉まり、
ーーー急にうちが静まり返る。
私は勇気を出して話し掛けた。
「ハルくん…今日どこか出掛けてた?ごめんね私ケイタイ…」
「茗子は、どこ出掛けてた?」
ーーーー帰ってきて着信履歴を見て、ハルくんから何度も電話を貰っていたことに気付いた。
私は、携帯電話を忘れて家を出てたことを言おうとしたのに、
言う前にハルくんから質問される。
「ハルくん……なんか、怒ってる?昨日の帰りから」
ーーー怒ってるのは、私なんだけど。
「昨日のことはもういいよ。今日のこと、聞いてんだけど」
ハルくんが怒りながら私との距離を詰める。
「だから何怒ってるの?」
私が後ずさりながら聞く。
「茗子が、俺に内緒で比嘉先輩と会ってるからだろ…」
「え、ハルくん…なんで」
ーーーーなんで知ってるの?
ハルくんが今日の私の行動を知っていたことに驚いて、“内緒で”という言葉を聞き漏らしていた。
「比嘉先輩が好きなら、そう言えよ。」
「え、何それ…」
「いつからだよ」
ハルくんが私の手を掴むと、強引にキスしようとした。
私は咄嗟に、顔を背ける。
「……やっぱり…嫌なんだろ」
ハルくんが傷付いた顔で言う。
「ハルくん…、何か誤解してるよ。」
ーーーー私が好きなのは、変わらずハルくんなのに。
好きだから、他の人とキスしてたことが許せないのに…。
「ハルくんこそ、なんで平気なの?」
「何が?」
「千鶴さんとキスしたのに、私とどうしてキスできるの?」
「…誰に聞いた?寛人か?」
ハルくんに聞かれて、私は慌てて口を押さえる。
ーーー寛人さんと聞かなかったことにするって約束してたのに、つい…。
ごめんなさい、寛人さん。
私が何も言わずにいたのを、肯定ととったのか、
ハルくんがため息をつく。
「あんなの、キスなんかじゃないよ」
「…………」
そういう問題じゃない!
私は涙を溜めた目で睨み付ける。
「ハルくんこそ、私のこと嫌になったんでしょ?」
ーーーー否定してほしくて、私はそんなことを口走っていた。
「俺が聞いてるんだけどーーー」
ハルくんがまた私にキスしようとする。
私は掴まれていた手をふりほどくと、
ハルくんの口を両手で塞ぐ。
「やめて、いまキスしたくない」
「ーーーじゃあ、俺もう帰るわ…」
ハルくんは怒ったまま、静かに言うと、リビングを出て行った。
ーーーーハルくん…。
泣くのを堪えて、目の前にあったグラスを一気に飲み干す。
「??」
苦くて…不味い…何これ…もしかしてお酒?
自分のシャンメリーだと思ったのは、どうやらお酒だったようだ。
「散々だ…」
思わず呟くと、その場にへたりこむ。
ーーーー私が悪いの?なんでハルくんが怒るの?
「うぅ…」
一人になると、我慢できずに嗚咽が漏れて、
一度流れると、涙が止まらなくなった。
「大丈夫か、茗子!」
気が付くとサクちゃんが私の顔を覗きこんでいた。
「サクちゃん、なんで…」
「春が荒れて帰ってきたから、気になって」
ーーーーサクちゃん…。
私は思わずサクちゃんに抱き付くと、子供のように声をあげて泣いた。
そして、しばらくすると、
グルグル目が回るような目眩に襲われ、
そこから………何も覚えていない。