クリスマスデート
「今夜はうちでクリスマスパーティーだから」
朝起きると、張り切って料理やら掃除をしている母が言った。
「それって、」
ーーーまさか。
「そう、澤野家と!」
ーーーやっぱり。
昨日の今日で、すごく気まずいのに、
毎回母には振り回されてる。
「茗子、夜までかなり時間あるんだから春くんとデートでもしてきたら?」
お母さんが掃除機をかけながら言う。
「え、でも…」
誘われてないし…。
「きっと、疲れてるし…」
私が言い訳っぽく言うと、
「クリスマスにデートしないカップルなんているの?」
キョトンとした顔で母が尋ねる。
「出掛けてきます…」
家にいるのは邪魔らしいので、一人で用もなく街へ出掛けることにした。
「あ…」
街中に着いてから、携帯電話を家に忘れてきたことに気づく。
ーーーーまぁ、いっか…。
あると、気になって何度も見ちゃうし…。
夕方までに戻れば…。
「あれ?メイコちゃん、一人?」
「比嘉先輩…」
しばらく街を歩いていると、
後ろから、比嘉先輩に声をかけられた。
「可愛い格好して…これからデート?」
「いえ、別に」
私がうつむいて答える。
「先輩は?」
「俺?本屋に用事。暇なら付き合ってよ」
「え。ちょっと…」
強引に本屋につれていかれる。
「大学進学することにしたからさ、参考書買いに来た」
「え、今から受験勉強ですか?」
私が驚いて言うと、
「まさか、やり終わったから新しいの買いに来たんだよ」
「へぇ」
「見直した?これでも成績は上位だからな」
「すみません…」
そうだったんだ、偏見だ…。
「謝らなくていいし、メイコちゃんがそう思うのは無理ないっしょ」
先輩が苦笑いで言う。
「ーーーところで、クリスマスになんで独り?」
本屋を出てすぐのカフェに入り、なぜか私もそこにいた。
注文した紅茶を一口、飲んでから答える。
「今日の夜、クリスマスパーティだから会いますよ」
「昼間彼女が暇してるのに、ほったらかし?」
比嘉先輩がからかうように言う。
「そういうわけじゃ……」
「ケンカでもしたの?」
「いえ、まだ何も…」
「これからするみたいな言い方だな」
先輩が笑いながら言う。
「そうかも…しれません」
私は…わざとそんな言い方をした…。
聞いて欲しかったのかも、しれない。
「何?修学旅行で浮気でもされたの?」
比嘉先輩が冗談半分で聞く。
「………」
いきなり当てられて、何も言えなかった…。
「え、図星?」
「浮気になるのか…わかりません」
「何した、澤野……」
「クラスの人と、キスしたらしいんです…本人から聞いてないですけど…」
「女の方から言ってきたのか」
こくん、と頷く。
「それは、別れさせるための罠だろ。本当かもしれないけど、真実はメイコちゃんが思っているようなものじゃないんじゃない?あいつに限って浮気なんてあり得ねーだろ」
「そうですね…でも」
「でも?」
「正直、浮気したとか…そういうことじゃなくて…キスしたって事実を、何もないように接するのが私には出来なくて、辛いんです…」
「メイコちゃん…」
ーーーー花井莉子先輩と、文化祭の時にしたっていうキスと、
修学旅行の最終日の夜にクラスの女子としたっていうキス。
その事実を無かったことに出来なくて、
ずっと胸の奥でくすぶっている。
ーーー莉子先輩とのキスは、付き合う前の話、
だからまだなんとか自分の胸の奥にしまいこんだ。
でも…。
修学旅行での話を聞いたら…、やっぱり思い出してしまう。
ハルくんにとってのキスって…。なんなの?
好きな人じゃなくても平気で出来るもの?
「俺が言うのも、なんだけど、キスぐらいなら浮気にはならないでしょ?」
「……そうですか?そうだとしても…」
ーーーーー浮気とかじゃなくて、
誰かとキスをしたことがショックなの。
「そんなこと言ったら、メイコちゃん、俺と浮気したことになるしね」
比嘉先輩がニヤッと笑う。
いきなり花火大会のことを思い出して、
ボッと顔が熱くなった。
「あれは、先輩が勝手に…」
「あいつも似たようなもんだろ」
「え?」
「不本意なキスだったんだろ、きっと」
ーーーーそう、なのかな…。
「ーーーじゃあ俺、帰るわ。ここにいたらずっとデートしていたくなるからな」
比嘉先輩が突然席を立つ。
「付き合ってくれて、ありがとな。」
笑顔で手を振ると先輩が、店を出て行った。
ーーーーー不本意な…キス。
そうだよ、そんなこと…分かってる。
きっと無理やりしなくちゃいけない、
そういう状況だったんだ。
でも、そういう理由があったとしても…。
無かったことに出来ないから苦しいの…。
ハルくんは、矢野部長のことも、
比嘉先輩とのことも無かったことにしてくれたのに。
私はーーーー……。