比嘉先輩と茗子
「相田…」
「嘉津先輩、比嘉先輩いますか?」
昼休み、私は一人で三年の教室に向かった。
「ーーーいない。」
クラスを見渡して、嘉津先輩が言う。
「あいつがクラスにいることなんて、ほとんど無いぞ。」
「そう…ですか」
ーーーーせっかく意気込んで来たのにな…。
「あれ、メイコちゃん?」
その時、廊下から比嘉先輩が歩いてきた。
ーーーーまた、違う女の人と一緒だ…。
「ちょっと、話せませんか?」
「相田…なに考えて…」
嘉津先輩が驚いたように言う。
比嘉先輩も一瞬驚いたようだったが、
すぐに笑顔で言う。
「俺に、用だったの?嬉しいなー、じゃあ行こっか」
手を繋がれて、すぐに振り払う。
「触らないで下さい」
「はいはい」
笑いながら、先を行く比嘉先輩の後ろをついていく。
着いたのは、サッカー部の部室だった。
「なんで比嘉先輩がここの鍵…」
「俺、サッカー部だし」
「え…」
知らなかった…。
「幽霊部員てやつ!」
ヘラヘラと笑いながら言う。
ーーーー本当最低な人だな…。
「で?メイコちゃんがわざわざ俺に、何の用?抱かれたくなったの?」
顔を近づけて、笑顔で比嘉先輩が言う。
「彼女さん、いるのに、どうしてそういうこと言うんですか?」
「関係ないよね?俺がどうしようと」
笑顔の合間から少しだけいつもと違う先輩を見た気がした。
「相手の気持ち、考えたことあります?」
私が言うと、
「何、メイコちゃん、もしかして説教しに来たの?」
クスクス笑いながら比嘉先輩が距離をつめると、
「その必死な感じが可愛くて好きだよ…」
私を壁に追い込む…。
「愉しいですか?」
「うん、楽しいよ。」
比嘉先輩が、私を可笑しそうに眺める。
「私は悲しいです」
「じゃあ気持ちよくしてあげるね」
私の両手を片手で掴むと、キスしようとする。
「違います、そうじゃなくて…そういうこと、好きでもない人に無理矢理して…幸せなんですか?」
顔を背けながら、私は言う。
ーーー同じ言葉で話してるはずなのに、
どうしてこうも会話が成り立たないの?
「こんなことして、幸せなんですか?」
「お前に関係ないよね」
嘉津先輩が初めて“お前”と呼んだので、
私は驚いた。
「先輩、恋愛したことないですよね?」
「は?」
比嘉先輩が怒ったような反応をする。
「恋愛って、お互いがお互いを大事に想うことです。好きな人に好きだって想われることです。それがどれだけの奇跡か…分かりますか?」
「私は…ずっとハルくんに恋してました。ハルくんが私を好きになってくれて…本当に夢みたいに幸せなんです」
「先輩は、ただ皆に振り向いてほしいだけじゃないですか。そんなの、ただの寂しがり屋のかまってちゃんですよ。ーーーーそれだけで、私とハルくんの幸せを壊そうとしないで…」
「お前…マジうぜぇ」
私を長椅子に押し倒すと、怒ったように比嘉先輩が言った。
「これで私が、おとなしくヤられたら、満足ですか?」
…………身体が震えたけれど、
私は比嘉先輩の目をまっすぐに見据えた。
「だったら、どうぞ。私、我慢しますから」
私が挑発的に言ったとき、部室のドアを叩く音がした。
「茗子!?いるのか?」
ーーーーハルくん…。どうしてここに?
ガチャっと鍵の開く音がした。
「茗子…」
ハルくんが押し倒されたままの私を見て、
すぐに比嘉先輩に殴りかかろうとする。
「ハルくん、違う!」
ハルくんと比嘉先輩の間に、私は止めに入る。
「茗子、どけ」
「やだ。私が比嘉先輩に会いに行ったの。比嘉先輩は悪くない」
私が必死にハルくんにしがみついて言うと、
「……萎えるわー」
比嘉先輩が、苛つきながら部室を出ていった。
「なんでだよ…茗子」
ハルくんが苛つきながら言う。
「ハルくん…どうしてここに?」
私もハルくんに聞いてしまう。
「嘉津先輩が教えに来た。ーーー急いで甚に鍵借りに行って…。それより」
「どうして茗子…あいつと?」
「先輩が心を入れ換えて、恋愛すれば良いのにって思って…」
「なんだよそれ…。二人きりで、危ないと思わなかったのかよ…」
「思ったけど…でも嫌だったの、ずっと比嘉先輩の影に怯えてるのが」
私の言葉にハルくんが黙って立ち尽くす。
「ごめんなさい…私があの先輩に隙を与えてしまって…花火大会の日…キスされたの…」
うつ向いて、言う。
「かき氷並んでたとき、変な男に絡まれて…それを先輩に助けられて…お礼くれって…いきなり口に…」
私が言わなかったから悪い。
でも…こうやって、
ハルくんを傷付けたくなかったから…言えなかった。
「茗子…」
「本当にごめんなさい…」
頭を下げて、謝る。
「だから嫌なんだ、茗子の側を離れるのは…」
思い詰めたように、ハルくんが言う。
その言葉の意味を、
知るのはもっと後のことーーーーー。