苛立つ気持ちの矛先 ~春目線~
茗子の様子が朝からおかしいと思っていた俺は、
帰りのバスで、その理由に気づかされた。
「ハルくん、私、窓側が良いな」
そんなこと、今までのバス通学でも言われなかった。
「どうして?」
俺が尋ねると茗子が黙った。
「俺、窓側でも良い?」
なんとなく、そうすべきだと思った。
茗子は、分かった…と言って俺の隣、通路側に座る。
皆のイビキがあちこちから聞こえだす。
手を繋ごうとすると、するりと逃げられた。
茗子の顔を見ると、
泣きそうな顔をしてうつ向いていた。
すると、髪の間から首筋に赤い痕が付いていることに気づいた。
信じられない思いで、
茗子の髪をかきあげるようにして、触れる。
「茗子、これ…どうしたの?」
俺は苛立つ気持ちを必死に押し殺して聞いた。
ーーー頼むから、否定してくれ…。
祈るように、茗子の首筋をそっと撫でる。
「ーーーっ」
茗子が震えるように反応する。
頭の中が真っ白になった。
「誰にされた?」
茗子に感情的にならないように声を抑える。
「矢野部長…?」
嫌な予感がして、言いたくない名前を口にした。
ーーーー茗子が黙って頷く。
やっぱりか…。
あの野郎…絶対許せねぇ…。
この場にいたら間違いなく殴りかかっていた。
茗子はただの被害者だ…。
これは事故だ。
そんなこと、分かってるのに…。
どうしても、苛立ちを抑えられない。
なんでだよ…。
二人になって、家へ帰る道の途中で、
俺はどうしようもなく、口を開いた。
「どうして?」
「……ハルくん…」
「茗子は、俺が好きなんだよな?」
ーーー茗子に責めるようなことばを投げ掛ける。
「…うん」
「じゃあなんで…」
「ごめんなさい…抵抗しようとしても身動きとれなくて…」
ーーーーあいつ、やっぱり無理矢理…。
泣きながら言う茗子に、悲しくなる。
ーーー泣きたいのは俺も同じだ。
「茗子…」
泣きながら謝る茗子に、俺は立ち尽くしていた。
どうして、俺だけの茗子で居てくれないんだ…。
どうして、他のやつなんかに隙を見せるんだよ…。
「ちょっと…距離置きたい…」
俺は茗子に触れる前に言う。
「ハルくん…」
「ごめん。ちょっと…」
ーーーーこのままじゃ、本当に…茗子を監禁でもしてしまいそうだ。
優しくなんて…出来ない。
だから…。
俺はそれだけ言うと、
泣いてる茗子を置いて家に入る。
ーーーー誰にも渡したくない。触れさせたくない。
俺だけ見ていて欲しい。
我慢できない。
こんな気持ち…間違ってる。