罠?偶然?
「何ですか?為になる話って」
体育館に足を運ぶ。
夕御飯の後、シャワーを浴びて部屋に戻ると、
矢野部長からメールが来ていて、呼び出されたのだ。
夜の体育館は、なんだか気味が悪い…。
「矢野部長…?居ないんですか?」
体育館に、私の声が響く。
「あ、相田さん。こっち、こっち」
体育館の横の部室から、矢野部長が顔を覗かせた。
「こっちに居られるのも、明日で終わりだし、西宮の分で仕入れた他校の情報、教えてあげようと思って」
「あ…ありがとうございます」
ーーーーでも、
それって別に二人でなくても良いのでは?
何となく、部室に二人きりっていう状況に、
警戒してしまう。
かなり間を開けて、隣に座る。
「こないだ花丸高が、うちと練習試合した時の映像。見てみる?」
ーーーー花丸高って、優勝候補って言われてるところ…。
「はい、見たいです」
ーーーーあ、でも…。
「だったら、うちの部員にも声かけてきて良いですか?私だけじゃ意味ないし…」
私が立ち上がろうとすると、
「いやいや、相田さんだから見せるんだよ。部員には見せられない…」
矢野部長が言う。
「そんな…」
それじゃあ、私しか情報を得れないってこと?
「私、じゃあメモ帳を取りに行ってきます」
「それじゃあ、遅くなっちゃうよ。俺のメモ帳貸してあげる。」
また、立ち上がろうとした私を矢野部長が引き留める。
はい、どうぞ…と、ペンとメモ帳を渡される。
「どうも…」
受け取りながらお礼を言う。
「この四番が…」
矢野部長が説明してくれるのを、必死で書き留める。
「……なるほど。」
ーーーーこの情報が、ハルくんの為になると良いな。
私はその時、それしか考えてなかった。
「あ、あれ?」
試合途中で、見ていた映像が途切れた。
「故障かな…」
矢野部長が焦ったように言う。
「あ!大丈夫です、もう、充分見させて貰いましたから!!」
私が笑顔で言って、
「これ、ありがとうございました」
と、ペンを返そうとすると、
矢野部長の手からペンが落ちた。
「あ、すみません…」
私が慌てて拾おうとしゃがむと、
矢野部長も、
「あ、悪ぃ…」
と、同時にペンを拾おうとして、手が触れた。
「うわ…」
矢野部長が驚いた声をして後ずさる。
「あの…これ…」
私がペンを拾って、今度こそ手渡す。
「あ、相田さん…」
突然矢野部長が、
私がペンを手渡したその手を引いて、
抱きすくめられた。
ーーーーえ、何?
「ちょっと…矢野部長…ぅっ」
抵抗しようとしたその時、首筋に軽い痛みが走る。
「い…ぁ…んっ」
出したくもない声が漏れる。
ーーーーひどい。ひどい。何でこんなこと…。
必死で抵抗しても、全く身動きがとれない。
「うぅ…」
涙が溢れる。
………ハルくん…ハルくん…助けて、ハルくん。
「あ、俺は…」
突然矢野部長の腕が緩まり、
解放されると私は慌てて部室を飛び出した。
ーーーーハルくん…ハルくん…ハルくん。
部屋に戻ると、ありすさんはすでに眠っていた。
私は声を押し殺して、ベッドに潜り込んで、
泣いた。
ーーーーこんな私、絶対ハルくんに嫌われる…。