甚と茗子
翌日の二時限目が始まる前の休み時間。
珍しい人が私のクラスにやって来た。
「西原くん、どうしたの?」
愛梨が驚いて声をかける。
「ん?ちょっと…茗子に用事。」
ーーーあ、そっかサッカー部のマネージャーだから面識あるのか。
甚が私の席まで来ると、
「お前、次の授業何?」
と尋ねた。
「…数学だけど?」
「あ、なら良いよな。ちょっと来い!!」
強引に腕を引くと、私を席から立たせる。
「おい、甚。茗子ちゃんに何してるんだよ!!」
航くんが慌てた様子で私たちの間に入ろうとする。
「航、茗子は“具合が悪い”んだ。保健室に連れていく、先生に言っといてくれ」
そう言うと、騒然としたクラスにも動じることなく私を連れ出す。
ーーーどういう事?
訳もわからず、私は授業をサボることになった。
ヒトの居ない、屋上に来る。
ーーー良い天気…。
ポカポカの日差しが気持ち良い。
「どうしたの、甚。授業大丈夫?」
「うちのクラスは自習。ーーそれより悪いな、数学サボらせて。お前なら授業出なくても余裕かと思って」
「…あのねぇ」
私が横暴さに文句を言おうとすると、
甚が笑顔で言う。
「こうやって、茗子と話すの、すごく久し振りだな」
そして、
外の景色に目をやりながら、話し出す。
「お前さ…俺の存在、忘れてない?」
「え?」
「航のことだよ…あいつから話はチョイチョイ聞いてたけど…」
「航くんから…?」
私の問いかけに、甚が私の方を向くと付け足す。
「あと、菜奈からも…」
「菜奈からも…?」
「航の気持ち、聞いたんだろ…諦めるの止めたって」
「…聞いたよ」
「それで、茗子のことだから、こじらせてるんじゃねーかと思って」
「?」
「お前さ、俺と友達になったの、いつからか、覚えてるか?」
「…覚えて…ない。幼稚園?」
「そうだよ、幼稚園。まだ異性とか関係なく仲良かった頃からだ。ーーーお前が可愛いって騒がれるようになったのは小学校3年ぐらいからだろ?」
「何が言いたいの?」
私も、甚の隣で外の景色を眺める。
「男友達が、俺以外に居なかっただろって、言いたいの!!今まで仲良くなろうとすれば毎回惚れられて…お前男友達とか居なかっただろ?
航は茗子に好意があるって所から俺が紹介して出会って、仲良くなって…いつもとは違うパターンだった。」
「あ…確かに」
「どうしたらいいか、分からなくなったんだろ?」
「……」
ーーーー甚の言うとおりだ。
「“航くんとは仲良くしたい。でも、それは春くんを裏切ることになる”とか“春くんに罪悪感を感じる…もしかして航くんの方が好きなの?”とか…考えなかった?」
「エスパー?」
驚いて隣の甚を見る。
「バッカ、お前俺を誰だと思ってんだ?お前の友達だぞ?もう10年以上友達やってんだぞ?」
「そっか…」
何だか、嬉しくて笑みがこぼれる。
ーーー甚の言葉が、私の気持ちを代弁している気がする。
「まっすぐなのは、良いことだけど。お前、色々考えすぎ。ーーーそりゃ航と上手くいけば、俺も菜奈も嬉しいけどさ。お前には、もっと当たり前で大切な存在がいるだろ?」
「航とは俺と同じように仲良くしてやって、“友達”として。
別に無理してあいつの想いに応えなくていいから。それは、あいつも分かってるんだから。
航が友達で居られないって言ったのを真に受けて、仲良くしたいから想いに応えようとしてたろ?」
「……甚。ありがと」
ーーーすごく落ち着いたよ…。
「俺も、お前の話ちゃんと聞いてやらなくてごめんな…いっぱい苦しんでたろ?」
「甚って…優しいんだね…」
私が茶化すように言うと、
甚が呆れた顔で答える。
「お前な…今まで俺のこと何だと思ってたんだよ…」
「ウソウソ…」
二人で笑い合う。
ーー良いな、こういう関係。
久し振りに二人で雑談して、
授業の終わりのチャイムが鳴り響く。
「あ、そだ!これ、やるよ」
屋上から教室に戻るとき、甚が手を差し出す。
首をかしげなから、私は受けとる。
「キャンディー?」
「お前、それ好きだったろ?誕生日プレゼント」
「ありがと、甚。」
ーーー本当、いい奴。
「おう!じゃあな…」
甚は自分のクラスへ戻っていき、
私も、見届けてから隣の自分のクラスへ足を運ぶ。
「茗子ちゃん、大丈夫だった?」
航くんが心配そうに駆け寄る。
「うん、すっかり“具合が良くなった”よ」
私は笑顔で言う。
赤面する航くんの隣で、彩と愛梨が尋ねる。
「どういう関係なの?西原くんと茗子って」
「同じ中学なんだよね?菜奈の彼氏だよね、西原くん」
「うん。私の大事な親友なの」
私は笑顔で言う。
ーーーー甚が居てくれて、友達で居てくれて…
本当に、良かった。