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すれ違い  作者: 深江 碧
3/6

 青年の風邪が治ってから、数日後。

 今日は仕事で会合があるため、青年は夕食はいらないということだった。

姉は一人で夕食をとった後、自室で編み物をしていた。

昼間は屋敷を尋ねてくる財閥の来客を相手にし、またある時は、次男に代わって会社の視察もこなさなければならない時がある。

夜会に招待される時もあるため、こうしてゆっくりできる夜は珍しかった。

 毛糸で編み物をするのにもすっかり慣れた姉は、目が見えないため編み目を指で確認しながらマフラーを編んでいた。

 あまり上手ではないため、完成したマフラーを誰にあげるのかはまだ考えていない。

 財閥内での権力闘争がひと段落し、屋敷での仕事が忙しくなってから、思い出されるのは血の繋がらない弟のことだった。

 弟は元気にしているのだろうか。体の調子は崩してはいないか。

 弟と最後に会ったのは、財閥内の権力闘争がひと段落する前のことだった。

 あれ以来、弟の行方は知れない。

 今、どこにいるのかわからない。

 姉はふうと息を吐き出し、編み物の手を止める。

 編み棒と毛糸をテーブルの上に置いて、ソファから立ち上がる。

 杖を手に部屋の窓辺へと歩く。

 見えない目で窓の外を眺める。

 冷たい空気が窓ガラスを揺らし、姉の物憂げな顔が映っている。

 ガラスに左手を添えると、こつりと小さな音が響く。

 音の原因が左手の薬指にはめた婚約指輪であることに気付く。

 姉は左手の薬指にはめた指輪を指でなぞる。

 以前、この指輪を青年に送られた時、これが様々な宝石のあしらわれた高価な品だと聞いたことがある。

――わたしには、この指輪は高価すぎる。

口には出さないが、目の見えない姉には、財閥の副総帥である青年との婚約は重荷だと思っている。

青年に不満があるわけではない。

彼は目の見えない姉にとても優しくしてくれる。

今の立場に不満があるわけでもない。

財閥の元総帥の娘として、いずれは自分が担わなくてはならない役割だ。

それに対しては不満があるわけではない。

けれど、時々どうしようもない虚しさに襲われる。

自分が本当にこの場所にいていいのかわからなくなる。

すべてを捨て去って逃げ出したくなる。

両親が死んで、姉自身目が見えなくなって、唯一の肉親である弟とも離れ離れになってしまった。

従兄弟の青年の手助けで生活しているものの、姉一人では何もできない。

 ――わたしは、本当にここにいていいの?

 青年は姉の協力を申し出る時に、自分の婚約者になって欲しいと言った。

 自分の婚約者として自分と共に表舞台に立って欲しいと。

 姉は青年の申し出に応じた。

 それが自分の身を守り、彼女の命を狙う長男一派に対抗する手段になると考えたからだ。

 すべてが収まった今、姉がここに留まる理由はない。

もう当初の目的は達成されたのだから。

本来ならば、青年との婚約を破棄し、婚約指輪を返して、どこへともなく姿を消してもいいはずだった。

この財閥で必要なのは青年であって、自分ではない。

そう信じ込んでいた。

 姉は窓ガラスに額を寄せる。

 外の冷気がガラスを通して伝わってくる。

 こつり。

 不意に窓ガラスに何かが当たる音がした。

「何かしら?」

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