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すれ違い  作者: 深江 碧
2/6

 何かを口に入れ、薬を飲んでから、また青年は眠りに落ちた。

 今度みた夢は、幸せな夢ではなかった。

 母が死んだ時の夢だった。

 父と母は正式な結婚をしていなかったため、次男と三男は、最初は父の子どもとしては認められていなかった。

 それを父の正式な子どもとして認めさせるのには時間がかかった。

 母は服飾の仕事をしながら、二人の子どもを育てていた。

 次男と三男の二人が正式な子どもとして認められて間もなく、母は原因不明の病で亡くなった。

 周囲の人々は、母は毒殺されたのだと噂した。

 父の元妻たち、長男と四男の母親に毒を盛られたのだと、そう言われていた。

 あまりに突然の母の死に、次男は泣きじゃくる三男をなだめるのに精一杯だった。

 死の原因も十分に調査されず、母は埋葬された。

 母の葬儀で次男は涙一つ流すことが出来なかった。

 棺に納められた母との最期の別れを、黙って見送ることしか出来なかった。

 父の家に引き取られた後も、同じ兄弟である長男や四男と馴染むとことは出来なかった。

 あんなに仲の良かった三男ともいつからか心の隔たりが出来、疎遠になって行った。




「に……さま、兄さま。兄さま!」

 不意に声をかけられ、青年は夢から現実に引き戻された。

 青年は目の前の従兄弟の少女の心配そうな顔を見上げる。

「大丈夫ですか、アレクセイ兄さま? ずいぶんとうなされていた様子ですが」

 青年は荒い呼吸を整え、何とか取り繕うとする。

「あぁ、オリガか。すまないな」

 全身に汗をかき、心臓の早い鼓動が収まらない。体が微かに震えている。

 青年は掛布団を手繰り寄せる。

 気持ちを何とか落ち着けようとする。

 母の死は、あれから十年以上経った今でも時々思い出す。

 彼自身、未だにどう気持ちの整理を付ければいいのか、わからない事柄だった。

 それっきり黙り込んでしまった青年に、従兄弟の少女は敏感に気配を感じ取ったようだった。

「兄さま、手を握ってもよろしいですか?」

 目が見えないせいか、少女は人の心の機微に敏感だった。

「良ければ、兄さまが寝付くまで、わたしはここにいます。構いませんか?」

 少女は柔らかに微笑んで、首を傾げる。

「あぁ」

 青年は少女の提案に大人しく従う。布団の間から左手を差し出す。

 少女は薬指に指輪のはまった青年の左手を、両手でそっと包み込んだ。

「兄さま、あまり無理をされてはいけませんよ? 兄さまが倒れては、みんなが心配します」

「無理と言うほどのことをした覚えはないんだが。ただ風邪を引いただけだよ」

「それでもです! 風邪でも油断は大敵です。もし風邪が悪化して、肺炎になったらどうするのですか? それこそ一大事です」

「はいはい」

 少女は頬を膨らませて、両手で青年の手を握りしめている。

 青年はそんな少女を可愛いと思いながら、適当にあしらう。

「オリガがおれのことを心配してくれるなんて、うれしいなあ」

 青年はいつもの調子で茶化す。

「もう、兄さまったら、真面目に聞いて下さい!」

 少女はそう言いつつも、青年のそばを離れない。

 手を握られると不思議と気持ちが落ち着いてくる。

 青年はベッドに横たわったまま、従兄弟の少女を見つめる。

 その左手に輝いている婚約指輪に目を留める。

 その指輪は、かつて青年が買ったものだ。

 少女と婚約発表をする以前に、青年が自分のものと同じデザインの指輪を特注して、少女にプレゼントしたのだった。

 以来、少女はずっと指輪を身に付けている。

 青年の婚約者として、彼のそばで支えている。

「兄さま、喉は乾いていませんか? 何か頼んで持って来てもらいましょうか?」

「いや、いい」

 青年は長い息を吐き出す。

「君がそばにいてくれるだけで、十分だ」

 青年は深緑の目を細め、少女に微笑んだ。

 少女もはにかむように柔らかく微笑む。

「少し眠ったらいかがですか? わたしはここにいますから」

穏やかな声、少女の微笑みに、昔の母の面影が重なる。

 遠い昔の懐かしさが込み上げてくる。

「そうだね、オリガ」

穏やかな気持ちで青年は目を閉じる。

そして再び眠りに落ちた。

 今度は夢は見なかった。

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