八.呪い
顔をあげると、そこは狭く四角い空間だった。
目に映るのは木目と赤い布張りの座席。お尻の下からはカタカタという振動―――そうだ、馬車の中だ。
斜め向かいの席で、中腰になったファレスがいかにも心配で堪らないという顔をこちらに向け、その白く綺麗な両の手を中途半端に開いた形にして、こちらに差し出しても良いものかどうかとオロオロさせている。
馬車に乗り込む前に「対角線上の最長距離を保つこと。さもなくば即刻帰宅させてもらう」という条件を出したので、それを守っているのだろう(そもそも帰宅方法が分からないけれども)。
まったく、なんて生真面目で気遣いのできるお人好しだ(キスの件はわたしも悪かったのだろうと反省している)。
そもそもヴァーラは隣国に住む魔女だが、現在はアルディア城から馬車で二時間程の場所にある古い無人の塔に滞在しているらしい。そこへ向かう途中、ウトウトしてしまったのだ。
最初は人生初の馬車に感動し窓からの景色を堪能していたのだが、三〇分もすると変化のない緑色の牧歌的風景だけが続くようになり、そのまま心地良い揺れに身を任せて眠ってしまったようだ。
こんな狭い空間で知り合ったばかりの男と二人きりだというのに、何という失態。
未だ心配そうにわたしを見つめるファレスに平気だと伝え、それよりもずっと気になっていたことがあるので聞いてみることにした。ヴァーラに掛けられた呪いについてだ。
「アルディアは凄く平和で長閑な国に見えるんだけど、どの辺りが国の存続の危機なわけ?」
「あぁ、それはですね……」
「うん?」
「っ、、、………………」
急に黙り込んだと想ったら、片手で口元を覆って横を向いてしまった。ほんのり顔が赤い。
「なに?」
「あ、その…………」
真っ赤になってあわあわと両手で顔を覆ってしまった。
美人男性の慌てる様を黙って(趣味的にじっくりと)観察していると、ファレスは指の間からちらりとわたしを見て、また慌てて、それから「ふぅ」とひとつ溜息をついて落ち着きを取り戻した。
「すみません、きちんとお話します。ええとですね、現国王と私たち三人の王子は勿論のこと、傍系の男子すべてが『世継ぎを望めなくなる』という呪いを受けているのです」
(……ふむ?)
「それは……たしかに大変かも」
「ええ……」
引きつった苦笑いさえも女性のように美しいその横顔を見ながら、それなら尚更男性だと意識しなくても良いかもしれない、と思えた。ファレスは勿論のこと他の王子たちもだ。
聞けば、現在の国王は三二代目でアルディアは長いこと世襲制を続けているらしい。
子孫が残せないとなると次の王の時代でその血脈が終わってしまう上、傍系の男子も対象となれば有力な貴族も減少してしまうということなのだろう。
それは確かに危機的ではあるが、他に良い後継者を探すことができれば国民への影響を抑えることは可能ではないだろうか?
いろんな意味でファレスたちには申し訳ないが、少し肩の荷が降りた気がした。