四.憧れのファンタジー世界
この綺麗な不法侵入者を100%信用したわけではない。
けれど、ほんわかした空気を纏いながらもあんな目力を発動できるのは、やはりヒトの上に立つ者(王子)としての能力、ということなのだろうかとも思える。
幸いこういったシチュエーションは長いオタク人生において二次元の中で何度も目にしてきた。ファンタジー世界を夢見る人間としては興味がないわけではない。むしろ興味津々ではあるのだが……。
「ご理解いただけて嬉しいです。では、参りましょうか」
「あ、じゃあ準備を―――って、えええええ!?」
あっという間にわたしの汚部屋が青白い光に包まれ、眩しさに目を閉じて―――開いたらいかにもな中世風味のお城の一室だった。
これが噂の瞬間移動ってやつか!
二十畳程もあろうかという部屋の内部には濃茶で統一された家具に、シルバーの甲冑、複雑な模様を編んだタペストリー、油絵の具で描かれた誰かの肖像画、それに大きな花瓶に活けられた花。
どれもこれも品が良く、一目で値が張りそうな品々だろうと思える。
重厚な石造りの壁には縦に長いカマボコ型をした窓が開いていて、部屋の内部から色とりどりの無数の屋根が覗いている。
城壁の外側に広がる城下町なのだろう。
それほど大規模ではないが、住宅街から市場、広場などが綺麗に区画整備されていて、住みよい環境が整えられているように見受けられる。
街の外れは高く巡らされた塀にぐるりと囲われている。その更に外側の遠景は延々と長閑な田園風景が広がっていた。
遠くに風車がゆっくりと回り、その下には緑の牧草地帯がどこまでも続いている。
視線を戻し城の真下へと移動させると眼下には手入れが行き届いた庭園がある。一見薔薇に似た感じの色とりどりの植物が花開き咲き誇っている。
それを囲むようにずらりと白い彫像が並び、その中央では透明な水を湛えた人工池がやわらかな陽を受けて煌めいている。
気温も穏やかで過ごしやすそうな国だ。
現実から逃避して二次元に行くのが夢だったが、異次元が三次元で良かった。
きっと、こんな風景は三次元だからこそ価値があるのだろう。
国の危機だと聞いて「荒廃した広野と火の気が絶えない村々、辺りには死体の山」という状態だったらどうしようかと思っていたが、ここから見る限り、現状は至極平和で穏やかな美しい国のようだ。
この国の崩壊を防ぐためならば、一国の王子がどこの馬の骨とも分からない女との婚姻を厭わないという姿勢も頷ける。
ひんやりとした窓枠に手をかけて異世界を堪能していると、高くも低くもない耳に心地良い穏やかな声がすぐ近くから聞こえた。
「アルディアがお気に召しましたか?」
「ぬわぁっ!!」
ファレスだ、忘れていた。
「ち、近い! 半径2m以内に入らないで!!」
心臓がバクバク言ってる。
あー、ヤバい。この声、好きな声優さんに似てるかも。
顔の火照りを誤魔化すように怒鳴ったわたしを、ファレスは不思議そうに眺めつつも「善処します」と頷いた。