三.異次元と二次元
とりあえず話を聞いて欲しいという男の必死さに、部屋の端と端で話す事を条件にしてスプレー攻撃を一時中止した―――緊急時に備えて、ボトルを手放さないけれど。
「まずは自己紹介が遅れましたこと、お詫びします。
私はアルディア王国第二王子、ファレスティオ=ル=アルディアと申します。どうぞファレスとお呼び下さいね」
ふわりと微笑む極上のイケメン―――ファレスはそう名乗った後、ことの経緯を説明しだした。
それを要約すると、アルディア王国はヴァーラという名の強大な魔女から呪いを受けており、国の存続の危機に瀕している。
ヴァーラは呪いを解く条件として、長年行方不明になっている自らの妹『リオナ』を見つけだしアルディアの王子と婚姻を結ぶことを提示してきた。
それを受けて国は全力で世界中を捜索し続けたが、一向に手掛かりのないまま数年が経過した。そこで遠い次元を越えたこちらの世界にまで捜査の手を拡大した結果、わたしこと永瀬里緒がリオナであると確定してこの日本へとやってきた……ということらしい。
もちろん、わたしは「リオナ」ではない。
名前は一文字違いだが、この日本で生まれ育ったことに間違いはないし、母にそっくりな顔をしている。生まれたてから幼児期までの写真だってしっかり存在しているから「実は養子でした」なんてオチもないはずだ。
要するに、わたしより少し年上に見えるこの男は【未だに酷い中二病を患っている可哀相な男】か【異次元からわざわざやって来たのに偽物を捕まえようとしている本物の王子】かの二択だろう。
けれど部屋に突如として現れた事実や、この有り得ない美貌から察すれば、恐ろしいことに夢と希望のつまった本物の【異次元モノ】である確率が高い。
これが妄想や幻覚であれば例え人違いだろうとなんだろうと「ハイ喜んで!」と王子様の手を取り白いウエディングドレスに身を包むところなのだが、相手がナマモノである以上はきっぱりお断りするしかない。
「残念ですが人違いです」
「いえ、そんなはずは……あなたは間違いなくリオナです」
「違います。例えそうだったとしても、結婚はお断りします」
「……理由をお聞きしても?」
「異次元と二次元は似ていて非なるもの。つまり! あなたが立体の男である限り受け入れることはできないのです!!」
ビシっと人差し指を突きつけてやると、彼は軽く目を見開くいたが、すぐにそれを真摯なものへと変化させた。
「受け入れる受け入れないはともかくとして、あなたがレオナである以上、どうしてもヴァーラと会って頂かなければならないのです。
それに、アルディアには私以外にも直系の王子が二人おりますから、私以外の誰かと―――という手もありますし、ヴァーラも魔女とは言え血の通った人間です。結婚を嫌がる妹を祝福したくはないでしょうから、そこは交渉できるかもしれません―――ですから」
そこで一度言葉を切ったファレスは「ご協力、願えますでしょうか」と唇を引き締めた。
有無を言わせぬ強い視線は『協力を願う』という言葉に反し半ば脅迫のようにわたしを射抜き、知らぬ間にかくんと首を縦に振らせる力を持っていたのだった。