五ノ二.逃亡
「女が逃げた!」
倉庫のような薄暗い小さな部屋から脱出したものの、すぐに見つかってしまい追われる身となった。
追っ手は二人。だが何故か小声で人目をはばかるように、あちらも身を隠しながらこそこそと迫ってくるため、なんとか逃げ切れている。
想像よりもずっと大規模な船体だ。閉じこめられていたのは最下層だったらしく、甲板を目指して上へと駆け昇った。
(―――眩しっ)
甲板に出ると夕陽に照らされた海がオレンジ色に反射していた。陸地は―――あった!
島か、半島だろう。ここからの距離は―――数キロだろうか。
幼稚園の時にスイミングを習っていたが普通に泳ぎ切る自信はない。
が、波もなく穏やかに見えるし、ビート板の代わりになるような、水に浮くものがあれば掴まっていけるかもしれない。
何かないか―――。
「いたぞ、こっちだ。傷は付けるなよ」
「ああ、分かっている」
(……しまった!)
掴まる物を探すのに気を取られていた隙に、積み荷の山を背に二人の男に囲まれた。逃げ道はない!
が、よく見れば男は二人とも痩せ型で弱々しい風体をしている。とても誘拐犯とは思えない。
震える身体を励まし、両の掌をきつく握り覚悟を決めた。
(大丈夫、大丈夫、やれる―――!)
視界の端に映る木片めがけ男の間を縫い突っ走る。掴み上げた板切れを手に海へと飛び込む!
冷たい。
夕暮れで水温も下がっているのだろうか。
水を吸った服が重たい。
動かす手足が鈍く命取りになりかねない。片手で木片にしがみつき、もう片手で上着を脱ぎ捨てた。
思うように進まない。
穏やかに見える海にも流れがあった。どんどん島から遠ざかっているように感じる。
けれど船からも遠ざかった。
追っ手はない。体力の限り急ぎ陸に上がるだけだ。
(……どうしよう)
自分の泳ぐ力より波の力の方が断然強かった。
遠くに見えていた陸地は見えなくなった。
どちらに向かって進めば良いのか分からない。
体力は尽きた。
さっきまで寒さで震えが止まらなかったのに限界は越えたらしい。
全身からすべての感覚が消えた。
(ここで死ぬのかな。まだダメなのに……)
―――なぜ?
(王子たちや、家族が心配してるかも)
―――それだけ?
(ううん、やり残した事がたくさんある気がする)
―――どんなこと?
(呪い解くのが一番だけど……)
―――けど?
(本当は、部屋にこもってる時はいつ死んでも良いって思ってたの。でもこっちに来たら、知らなかったことや経験したことがないことが、たくさんあって……そういうの、もっと体験してみたかった)
―――生きたい?
(……うん、死にたくない。わたし、まだ生きたい!)
*ごく簡単なものですが、登場人物と用語の紹介を第一話の部分に追加させていただきました。




