二.ナマモノは消毒
わたし、成瀬里緒は7歳から現在に至るまでの12年間をほぼ自室に閉じこもって生活してきた。
幸い勉強自体は嫌いではなく頭の出来もそれほど悪くはないようで、小学二年生から一人で自習をしていただけで難無く通信制の高校を卒業できた。
それからは親の膝元で得意なPCのスキルを活かし、ネットを利用して月々○万円程度の収入を得て生活している。
こうして両親や三歳下の弟との接触も極力避けて、大好きなポテチやチョコを片手に乙女ゲーム・ラノベ・深夜アニメにどっぷり漬かって不健康な生活を続けた結果、根暗な上にぽっちゃり体型で非常に残念な女になった自覚はあるが、別に気にしていない―――恋する相手は二次元に大勢いるのだから。
だが、目の前の男……よく見ればペラペラしていない。
触った時点で肉の厚みを感じたのだから間違いなく立体だ。
ということは、もしかしてもしかするとナマ? ナマモノなわけ?!
「¥$’&#-*@{%>?=|~!?!?」
さささ、さわっちゃったッ、ちゅーしちゃったッ!!
デスクへと猛ダッシュしアルコール消毒液のボトルを手に取ると、ノズルを数回プッシュしてこれでもかと透明な液体を手指と唇やその周囲に塗り込める。
ヒリヒリとした刺激を感じ、強いアルコール臭が鼻をつくが、そんなことは気にしていられない。
「あ、あのぉ…………?」
男はかなりの長身のくせに器用に上目遣いで申し訳なさそうにしながら寄ろうとするのを、今度は消毒用アルコールスプレーを霧状に噴出させて阻止した。
「よ、寄るな! 去ね! 悪魔、ケダモノッ!!」
「! も、申し訳ありません! いきなり口付けしてしまった事は謝ります。しかし、あんな風に触れられては健康な成人男性としては、その―――なんと言いますか、我慢が難しいものでして……」
容赦なく噴きつけられるスプレーから顔を庇いながら、しどろもどろにモゴモゴと言い訳をしているが―――。
「うるさい、うるさい、うるさーーい!!」
二次元にしか興味のないわたしがリアル男の事情など分かるはずもない。正論ぽい言い訳をされても触れ合ってしまった事実は変わらないじゃないか!