四ノ四.旅路三
二番手を勤めていたセイが、わたしたちを見て口を尖らせてやってきた。
「ちょっとウォー兄! やらしーよ!」
腰を抱く男と、それにしなだれ掛かるような体勢の女……ああ、うん、そう見えても仕方ない。しかし誤解はきちんと解かなければ。
「いや、その……足が、ね」
「あ、そっか。ちょっと待って」
セイは馬のお尻に積んでいた荷物を解き、その中からぐるぐるに巻かれた敷物を取り出した。少しゴワついた厚手の布のような毛皮のようなそれを、わたしの足下に敷いてくれた。
「はい、どうぞ。ゆっくり休んでね」
「ありがと。なんか優しいね?」
「えー、ヒドいなぁ。僕はいつでも優しいって―――ほら」
「?」
座り掛けで中腰だったわたしは、グイと両肩を掴まれ引き倒され世界が反転した。
「はがっ!?」
衝撃に備えて身を竦ませる。が、痛くない。
適度な弾力をもった何かがクッションになったようだ。
(……膝枕?)
強引に仰向けに寝かされたようだ。
「僕、里緒にはいくらでも優しくするよ?」
鼻先が触れんばかりの距離でささめくセイが、見たことのない真摯な瞳でわたしを覗き込む。少しひんやりとした指先が、わたしの頬をそっと包んだ。
「ぅあ、ああああでぃが、どおおおッ??」
やばいやばいやばいやばい。何その色気たっぷりの目は! おねーさん許しません! てか離して離れて遠のいて近すぎるぅぅぅぅっ!!
「……どちらがいやらしいのだか」
セイの背後からボソリと、不機嫌そうなウォーレンの声がした。
「あーもう! 覗き見なんて益々やらしーね? 良い所なんだから邪魔しないでよー、しっしっ」
「ふむ、久々に兄弟喧嘩でもするか?」
「いいね、受けて立つよ」
ふっと鼻で笑いながら聞く兄に、弟は楽しげに頷いた。
空手か合気道かそんな感じの、何かの武術だろうと思われる型を構えるウォーレン。
セイはブツブツと聞き取れない英語でもフランス語でもない何かの言語を念仏のように唱え始める。
(こ、これは―――!)
武術対魔術のファンタジー対決!? ゲームだと普通によくあるシチュエーションだけど、実際にどう戦うのかと、前から気になっていたんだ。
実戦ならば怖くて見ていられないだろうが、冗談めいた兄弟喧嘩なら思う存分観察させてもらえるというもの。
わたしは両手を握り締め、ワクワクと行方を見守ることにした。
「二人とも止めて下さいね。山焼きでもするつもりなら構いませんが……」
ファレスが二人の間を阻むように馬を止め、制止した。
彼は常に少し遅れながら最後尾を走っていたのだが、いつの間にかずいぶんと離れていたようで今やっとわたしたちに追いついたのだった。
(山焼きって、そんな大袈裟な……)
「ちぇー、里緒に良いトコ見せたかったのに」
「弟に良い格好させて溜まるか」
唇を尖らせるセイの後頭部を、ウォーレンが親しみと愛情を感じる笑みを浮かべながら肘でグリグリと小突いている。
セイも口では反抗的な事を言いながらも、その仕草や表情から兄のことを好いて尊敬しているのだろうな、と思えた。
(二人とも、良い顔してるなぁ……)
仲睦まじく見える兄弟の様子に自然と頬が緩んだ。
「さあ、いつまでもじゃれていないで、暗くなる前に寝床の確保をしますよ」
「だね、じゃ僕は馬に水あげてくるよ」
セイが馬の手綱を持って小川の方へ歩いていくのを確認し、ウォーレンは「俺は天幕の仕度をしよう」と荷解きに行った。
「……俺?」
今、俺って言った? いつもは「自分」だったような……。
「第一王子という身分から久々に解放されているのでしょうね。あれほど楽しそうな兄は久しぶりに見ます」
「そっか……」
計り知れないものを背負っているウォーレンにとって、この小旅行が良い息抜きになってくれているなら、わたしの気分も少し楽だ。
たった一人の異世界人のために王子三人が付きそう罪悪感は正直小さくはないのだ。




