二ノ六.ウォーレン
*第一王子視点となります。
この頃、弟たちの様子がおかしい。
セイは前世の記憶を持っているせいか、幼い頃から無邪気を装いつつも常にどこか倦怠感を漂わせているのだが、近頃は妙に生き生きと楽しげで鼻歌で歩いているのを見かける。
ファレスは一日中父の政務に付き添い、暇があれば勉学や鍛錬をしているような勤勉な弟だったが、最近では魔女ヴァーラの周辺をうろついて何かを企んでいるようだ。
このような兆候が見え始めたのは、魔女の妹だという異世界の娘を見出した時期からだ。
冗談のような呪いを掛けては楽しんでいる魔女の妹ともなれば、同じようなねじ曲がった性根をしているのだろうが……。
弟たちが簡単に惑わされるとは思えないが、一度確かめてみる必要があるだろうか。
「失礼する」
「ひぇあぁっ!?」
転移し周囲を確かめる暇もなく至近距離で女の大声がし、その音量に思わず顔をしかめる。するとその大音量の元である女は怯えたように身を縮こませた。
「ご、ごごごめんなさいっ」
手を頭上に乗せ、身を抱えるようにして膝を折ってうずくまり顔を伏せたままそう言う。まるで叱られた幼子のようだ。
自分の地位や容姿、気配が他人に威圧感や恐怖感を与えることは少なくないと理解しているが、ここまで怯えられるとは心外だ。
「……いや、驚かせてすまない」
事前に面会の約束もなしに訪れているのだから、こちらに非がある。
「…………」
「…………」
謝罪したものの、何の反応もなく身動き一つしない女。
寄ってみれば微かに肩を震わせているのが見えた。「何故そう怯える?」と聞けば「ごめんなさい」と返る。「顔を上げろ」と言えば「すみません」と答える。
無意識に重い溜息が口から出ると、それにさえ「申し訳ありません」だ。この娘は謝ることしか知らないのか?
幼少期より剣技を磨くことばかりに夢中で、身内以外では師や兄弟子との遣り取り以外に人―――特に母や乳母、侍女以外の女性と接点をもつ機会がほぼなかった。
物心ついてからは王子としての外交術や社交場でのマナー、令嬢のエスコートなどは一通り身につけたが、このようにプライベートな場での会話は苦手だ。
ましてや相手は異世界の娘。全く勝手が分からないが自分は目的があってここへと足を運んだのだ。確かめずして帰るわけにはいかない。
「……聞くが、弟たちはこちらを訪れて一体何をしている?」
娘はもう一度肩を大きく震わせて、顔を伏せたまま蚊の鳴くような声で「何もしていません」と言う。
「何もないということはないだろう」
「あ……その、話を」
「どのような?」
「…………他愛もない話です」
(まさか、雑談でもしに来ているというのか?)
こちらとあちらを繋ぐ通路である鏡は、使用する度に一定の魔力を消耗する。
セイが主体となり信頼のおける魔力持ち数人で鏡へ魔力を装填しているため、魔力が皆無の自分でも通行が可能となる仕組みだ。
しかし魔力は無尽蔵なものではなく体力・精神力ともに消耗し、無理をすれば体調に悪影響をもたらすため可能な限り温存し無駄遣いすべきものではない。
そのような手間とリスクがあるというのに、わざわざ異世界で雑談に興じる理由がまったくもって理解できない。話し相手ならば国にごまんと居るだろうに。
それとも、この娘との雑談に何か特別な有用性があるとでもいうのだろうか?
「……では、その他愛のない話とやらを頼む」
「えぇっ……?」
やっと顔を上げた娘の、驚いたように見開いた目の端から止めどなく涙が流れ落ちていた。
「何故泣く」
「あ……」
泣いていることに気づいていなかったのか、慌てて目の端に触れてそれを拭い再び顔を伏せた。
「ごめんなさい、何でもない、です」
小さく強ばった声で謝る娘は未だに震えているようだ。
(これは自分が震えさせ、泣かせているのだろうな)
婚姻に躍起になっている母から「婦女子の前では過剰な威圧感を抑え優しく接しなさい」と言われているが、よもやこういった事態を想定しての事だったのだろうか。
だが「優しく」とは、具体的にどのように振る舞う事を指すのだろう?
(……………………)
このまま娘を泣かせておくのは忍びないが、いくら思案しても答えは出そうにない。
「……すまない。自分のせいだな」
一歩寄って片膝をつき謝罪を口にすると、目前に娘の漆黒色をした髪が伸びる丸い頭頂があった。自然と伸びた自分の手をそこに乗せ前後に動かす―――そうだ、ごく幼い頃は泣くと母にこうして慰められていたではないか。
娘が身を強ばらせたのを感じ取ったが、気付かないふりを装って撫で続けると、恐る恐るといった様子で僅かだがゆっくりと顔をあげた。その眦にはもう涙は浮かんではいない。
「……良かった」
ひとまず泣きやんだという事実に安堵し、知らず口元が綻んだ。
途端、「ぅぐぅっ!」という声にならない呻きをあげた娘が手足をばたつかせ床に尻をついたまま激しく後退した。
「? なんだ?」
それに合わせ自分も屈んだまま前進すると、腕全体を使い防御の体制になる娘。訝しく思い注視すれば、その顔から首までが朱に染まっている。
「なぜ赤くなる? 一般的には羞恥心、憤怒、興奮から起こる現象だろうが……そのどれだ」
「ぐ、ぐあ゛ぁぁ……!!」
獣のように悶えながら娘は寝台へと這い寄り、自分の目を逃れるように寝具を被ってしまった。
「なぜ逃げる?」
「ごめんなさい、もう限界です無理です勘弁して下さい……っ」
……ただ質問を投げただけで拒否されるとは。今度は何が悪かったのだろうか。
布団の中では泣きも震えもしていないようだが、流石に寝台にいる妙齢の女性と遣り取りを続けるのは差し障りがあるだろう。
当初の目的は果たせなかったが「失礼する」と一言残し城へと戻った。
女とは理解不能な生き物だ。
だが、その謎を解いてみたいとも思う自分はおかしいのだろうか?
ウォーレン:天然のドS、ファレス:偏執的ドS、セイ:確信犯なドS……ドS三兄弟です。




