二ノ四.王妃と魔女
東屋は女性が二人ずつ向かい合って座るとちょうど良いだけの、小さな女子会にはピッタリのスペースだった。だだっ広い薔薇園(学校の校庭位だろうか)の真ん中なので、ここなら誰かに話を盗み聞きされるようなこともない。
王妃、ヴァーラ、わたしが座ると同時に、一〇m程離れてSPのような人が四人立った。ファンタジー世界なのだから近衛兵と呼ぶのが正解なのかもしれないが、ビジネス用のスーツをふんわりさせて機動性を上げたようなシルエットの服だからさっぱり騎士っぽく見えない。
全員背を向けているのはこちらの会話に対する配慮だろうか。後ろから背格好で判断するに男女二名ずつのようだ。
そんなところに気を取られていると、細身に似合わない豊かな胸を持つ王妃がわたしの腕を取るようにして悪戯っぽく微笑みかけてきた。
間近で見ると同性ながらその美しさに眩暈がしそう。二四才のウォーレンの実母なのだから、それなりの年齢のはずなのに三〇才前後に見えなくもない。もしやこれも魔法?
「ねぇリオナさん、ファレスをどう思う? 親の私が言うのもアレだけど、優しい良い子だしあの容姿だからとてもモテるのよ。なのにどうも女性が苦手みたいで心配していたのだけど、あなたのことを随分気に入っているみたいで私とっても驚いているの」
(えー、それは違うんじゃ……)
初対面の時、わたしはファレスを妄想か幻覚だと思ったから触れることが出来たが、現実と分かっていれば絶対に自分から近寄ったりはしなかった。
わたしが男性を苦手なように、ファレスも女性を苦手だと仮定するならば、初対面の女にいくらベタベタ触れられようともいきなりキスしたりしないだろう。
それとも結婚するかもしれない相手ならば何をしても構わないと思ったとか? ……ドSモードを見てしまった今、有り得るような気がして怖すぎる。
純情青年を装ってはいるのだろうが、最初からさり気なくも細やかにわたしをエスコートしてくれていたし、あの気遣いや動作からも女嫌いだとは考えづらい。
「私はこの女を女だとは認めない!」とかいうアレで同性に対するように接していたのならば辻褄は合うが……これは充分有り得る気がして自分自身の才能(?)が怖い。
まぁどちらにしてもファレスが気に入ったのはわたしの体型であってわたしではない。だから関係ない!
「はぁ……その、ファレス王子はわたしのとある部分を気に入ったようではありですが、わたし本人がお気に召したというわけではないのだと思います」
このぽっちゃりぶよぶよのお肉が好きみたいですとは流石に言えない。そんな義理はないが、彼の名誉は守ってあげよう。
何か思案げにしている王妃に代わって、今度は向かいの席からヴァーラが体を乗り出してきた。
「でもファレスは三人の中では一番穏やかそうだし、リオナとお似合いよ?」
(ははぁ、穏やかですか。ええ、わたしもそう思ってましたよ、小一時間ほど前までね)
そういえばヴァーラもわたしと同じような体型なのだから気に入られるんじゃないだろうか?
元はと言えばこの魔女が騒ぎの元凶だ。わたしを王子と結婚させることで財産や地位を得ようとしているのだとしたら、自分で結婚した方が手っ取り早いじゃないか。
(呪いについて直接聞いても誤魔化されそうだから、ここはひとつカマかけてみるか)
「いえ、わたしなんかとてもとても。ヴァーラさんのような力ある女性の方が彼に相応しいのではないですか?」
「バーカ、何言ってんの。あたしには子供が六人に孫が二人居て旦那も健在だよ!」
「えぇっ、ヴァーラさんおいくつなんですか」
まったく期待と違う回答に凹むよりも先に驚いた。主婦っぽいとは思っていたが、まさかそんな歳だったとは。
「一六で最初の娘を産んで、最後が二九の時の子だね。末っ子は今年一〇才になるよ」
三九才でおばあちゃんか。この世界じゃ普通なのだろうか? 日本だと「凄いね!」と話題になるレベルだ。
感心していると、王妃もまったくだという風に首を縦に振って溜息をついた。そんな憂い顔もお美しい。
「ヴァーラを見ていると、余計に息子たちには急いでもらいたくなるのよねぇ」
「……王妃様のお気持ちは分からないでもないですが、ファレス王子はちょっと……コワくて無理です」
正直に言うと王妃が眼を丸くして細い肩を震わせた。
(や、ヤバっ。自慢の息子を拒否されて怒った……? いきなり打ち首とかないよね!?)
フレンドリーな雰囲気につい本音を漏らしてしまったが相手はこの国の王妃だった。
「まぁ! まぁまぁまぁまぁ! なんて事……!」
「す、すみませんすみませんすみません!!」
「あら、何を謝ることがあるのかしら。怖いということは、あの子が本気だということでしょう? ファレスは昔からどうしても譲れないとか絶対手に入れたいものがあると人が変わるのよ。リオナさんはそういう一面を見たのではなくて?」
「……い、いえ、わたしの勘違いかもしれません、ハイ!」
「あらぁ、そおぉぉ? でもウォーレンとセイもいるわ。わたしはリオナさんならどの子が相手でも歓迎だから、よく選んでちょうだいね~」
力一杯否定してみたが、なんてことだろう。本気って何に対してだ? 知りたくなかった、その情報。
(もうこれ以上関わっちゃいけない感がヒシヒシと……)
こちらとあちらをつなぐゲートを塞ぐ手立てはないのだろうか?
王妃様、せっかくなのにごめんなさい。わたしには立体の男(ましてや王子)を選ぶなんて真似はできません。そういうのはゲームの画面の中だけにさせてください!!
……なんて言えないよなぁと、もんどり打ちたいのを堪えているといると不意にヴァーラが何かに気づいたようにわたしに顔を向けた。
「リオナ、あっちの弟くんが用があるみたいよ? 怪しまれないうちに帰りなさいな」
「……む?」
さすがにもう分かる。この青白い光がこちらとあちらを繋ぐ時に発生するのだと。
部屋の扉の向こうから控えめな弟の声がする。
「ねーちゃん、オレのキャスケット知らない?」
しまった! 帽子……ファレスに貸したままだった、どうしよう。
「ごめん、借りてる。洗って返すから待ってて」
「ならいいけど……」
去っていく足音に安堵したわたしは酷い疲れを感じてそのままベッドに倒れ込む。
(あー、しまった。呪いのこと、もっと色々聞いておけば良かった……)
薄れゆく意識の中でせっかくのチャンスを逃したことを悔やんだ。




