二ノ二.スイッチ
結局、一〇個(一人当たり五個計算)食べたところでわたしが満腹になってしまい、土産の選定に入った。
「こちらのコーティングされた砂糖は色も美しく、甘味もあって良いのではないですか?」
ファレスが選んだのは今回食べたドーナツの中で最も甘味の強いものだった。わたしも甘いものは大好きだが、あまりにスイート過ぎるものよりは少しビターな方が好みだ。
海外のチョコレートにはかなり甘い物があるが、もしかするとアルディア人の味覚もそのタイプなのだろうか。
「うーん。確かに見た目は可愛いけど、わたしはちょっと甘すぎて苦手。この野菜と果物の入ったやつが素朴な素材の甘味で好み」
わたしが示したのはサツマイモとホウレンソウの自然な甘さを利用し高品質の蜂蜜を練り込むことで健康指向の女性を狙ったヘルシーぽい商品だ。
「なるほど。これは野菜嫌いの人にも良さそうですね。ではこれにしましょう」
「……いいの? これだとファレスには甘味が物足りないんじゃない?」
「大丈夫ですよ、みなそれぞれ違った味わいがあり美味でしたから。それに弟はあまり野菜が得意ではないので是非食べさせてみたいですし」
へぇ、弟想いのお兄ちゃんか。確かにあの人懐こそうなセイが弟なら可愛いがられるのも頷ける。わたしは弟とは喧嘩ばっかりしていたな。今じゃ同じ家に住んでいるのにほとんど顔を合わせないけど。
店から家への帰路、わたしは胃のむかつきをこらえて歩いていた。アルディアとこちらを行き来するにはわたしの部屋に開いたゲート(いつの間に設置されたんだ?)を使うのがてっとり早いらしい。
「うー、食べ過ぎた……ヴァーラめ、これ以上わたしを太らせてどうするつもりだ!」
油物のとりすぎだろう、胃もたれしている。急いで食べたせいもあるかもしれない。
「大丈夫ですか? ご迷惑をお掛けしてしまってすみません。けれどリオナさんはもう少しふくよかでも問題ないかと……」
「はいぃっ!? ヘンな気を遣わなくていいから……悲しくなる」
痩せ~普通体型の女性が「わたし太ってるしぃ~」という発言をした場合に「何言ってるんだ、おまえはもっと肉つけろよ!」的な応答をする男性はよく居るが、さすがに明らかに肥満体型の女に対してその台詞はないだろう。
「いえ、本心なのですが……気に障ってしまったのでしたら本当に申し訳ありません……」
長い睫で瞳に影を落とし、失態だと言わんばかりに唇を噛むファレス。
(な、なぜファレスの方が落ち込む?)
「いや、別に怒ってないけど……あのー、変なこと聞くけど、もしかしてファレスってぽっちゃり好きなの?」
「はぁ……女性を外見で判断したりはしていないつもりでしたが……」
ファレスは言葉を切ると、はたと立ち止まりじぃっとわたしを見下ろす。つま先から頭の先までをくまなくゆっくりと見られている。真剣で、けれどなめ回すような視線に堪えられずに横を向いて目を反らした。てか今更だけど距離近いわっ!
「そうですねぇ。言われてみればそうなのかもしれません。平和的な印象を受けますし、柔らかそうで触れてみたい衝動に駆られたり」
(!?)
イヤな予感に襲われ、最後まで聞かず勢いよく後ずさった。
「します、ね」
厭な形に引き上げられた口の端に、赤い舌が覗いて唇が艶めかしく濡れた。
「ひぃぃぃ……」
なんかのスイッチ入った! ソーピュアピュアボーイの皮が剥がれてハラグロドSプリンスが出てきた!
ああああ、そういやアルディアに強引に連れて行かれた時もこれに似た感じのビームが眼から出てたっけ?
こういうのなんて言うんだっけ、飼い犬に手を噛まれる? いやまだ噛まれてないから噛まれそうになる? ああもうなんでもいいけど、ぞわりと粟だつ肌が止まらない!




