二ノ一.ツルスベショック
二章に突入します。
とある日のこと。
家族は全員出払っていて、わたしは一人昼食を済ましてから自室で仕事をしていた。
シンと静まりかえった家の中、集中しているわたしの耳にどこからともなく微かで不気味な「オォォォ」という音が響いてきた。
「な、なに? 怪奇現象? 妖怪!?」
こんな歳と図体をしていても怖いものは怖くて、部屋の隅でうずくまる。それでやり過ごそうと思っていたのに小さかった声が段々と明確に聞こえてくるようになった。
が、よく聞けば「オォォォ」は「あのぉ~」のような。それに「お邪魔しても宜しいでしょうか?」というバカ丁寧で穏やかな声は……。
「……ファレス?」
「はい! 私です!」
どこから声が聞こえるのか良く分からないが嬉しそうな声音がして、ついわたしの頬も緩んでしまった。
これがワタシワタシ詐欺だったら笑える。
よく分からないが空中に向かって「どうぞ」と声を掛けると、部屋が青白く光り、眩しさで目を閉じて開けてをすると、約半月ぶりのファレスの姿があった。
(あー、やっぱ美人。妄想じゃなかったのか……)
やはり服装はこちらでも違和感がないもので、白いボタンシャツに黒のコットンパンツという姿だ。革靴を手にしているので、日本では室内で靴を脱ぐという風習を知っているようだ。
しかし前回と何かが違う―――そうだ、髪の色だ。前は金髪に近い薄茶だったのに今は真っ黒。まるで某国民的アニメ映画の主人公の魔法のようだ。そういえば髪型も似ている。
「リオナさん、お久しぶりです」と、サラリと流れる髪の隙間からニコリと眩しい笑顔を向けられる。
ああ、久々に見るとっておきのイケメンの笑顔は破壊力が大きい。
「う、うん、久しぶり。でもどうしたの、その髪」
「目立たないようにと思いまして。……ヘンですか?」
「いや、変じゃないけど……どういうこと?」
聞くと、ファレスは気まずそうに頬を掻きながら「それがですね……」と説明してくれた。
「えぇぇぇ? イヤ、無理!」
「そ、そんなこと言わずにどうかお願いします! ツルツルは嫌なんですーー!!」
「うぁぁぁ……それはわたしも嫌だけどーー!」
というわけで、やってきました近所のドーナツショップ。
いくら髪が黒くても美人なのは隠せないから、一緒に歩けば絶対目立つだろうと予測してファレスには弟のキャスケットを勝手に拝借して目深に被らせた。
わたしもつば付きのニット帽で顔を隠すようにしている。二人とも顔が見えないので一見すると怪しいコンビ。通報されませんように。
とりあえず店に入る。お代わり自由のコーヒーを二人分と人気商品のドーナツを二つずつ注文して、極力死角になるよう奥の席に向かい合って座うと、声を小さくしてファレスに話しかける。
軽快なBGMが流れているし、ゆったりとした店内で隣の席ともある程度離れているため、それほど気にする必要はないかもしれないが、もし内容を聞かれてしまうとイイ歳したイタイ中二病患者が二人確定してしまう。
「で? なんで『こっちの世界でファレスとドーナツを食べ比べて一番おいしかったものをお土産に七個買ってくること』なんて指令なわけ? 意味が分からないんだけど」
今朝、城に現れたヴァーラにそのように言われたらしい。
このミッションに失敗した場合、なんとアルディアの皇族関係男子のすべての体毛を一生ツルツルにされてしまうらしい。
実害はないだろうが、なんて精神的にクる呪いなのだろう。第一王子ならスキンヘッドも似合いそうだが、頭髪以外もすべてがツルスベとなると―――萎える!!
だが、いくらげんなりするからと言って両手を上げて協力してあげるわけにはいかない事情がある。
そう、わたしは引きこもりだ。外出して出会うヒトがモブなら別になんともない。けれど顔見知りとばったり出会ってしまうと、震えや吐き気に襲われる。外に出るには相当の覚悟が必要なのだ。
けれどファレスの悲痛な懇願に負けてしまい、こうしてドーナツを齧るはめになったというわけだ。どうにかして一刻も早くミッションコンプリートして帰らなくては。
「あの女性の考えは私にもよく分かりません。困っている私たちを見て楽しんでいるだけのような気がします」
「それ、あり得る」
ヴァーラの顔を思い出す―――うん、退屈しのぎとかの理由でやりそうだ。
「けれど、一体いくつドーナツを食べれば良いのでしょうね。一番美味しいものと言われても、メニュー全て食べ比べるのは難しいです」
「わたしと半分ずつして比べようか。そしたら試せる種類も増えるでしょ」
「……リオナさんさえ良ければ、それでお願いします」
キャスケットの下で、ファレスの頬が赤くなる。
半分コで照れるなんてピュアすぎる。二次元だと顔の良い王子は女遊びが激しそうなイメージなのだが。
(でも、女性を侍らすファレスって想像できないや)
アルディアにも社交の場はあるだろう。出席したら三王子とも大人気じゃないのか? 積極的な女性に惑わされまくっていそうなものだけど。
しかしなんだろう、この図は。男と女が向かい合ってドーナツ食べるなんてデートみたいじゃないか。
帽子を被るのは名案だった。至近距離でファレスの顔を見ながら食事するなんて拷問に近い。固体を喉に通せる自信がない。
若い女性店員が「おかわりはいかがですか?」と、コーヒーを持ってファレスの横にやってきた。
「これは、ありがとうございます」
礼儀正しく店員の顔を振り仰いでニコリとお礼を言うファレス。
下方から顔を上げてしまえば帽子の役割がない。顔が丸見えだ―――ほら、お姉さんが赤くなった。誰がどう見たって美青年だから仕方ないか。




